■ 日和見感染の範囲 | |
【質問】
お尋ね致します。微生物学教科書や多くの解説などで「日和見感染」の原因病原体の例として黄色ブドウ球菌 (特にMRSA) の名がよく挙げられています。ところで, 一般に黄色ブドウ球菌は昔から医学微生物学教科書類の「病原細菌各論」のトップバッターとして“重要な病原菌”として多くのページを割いて解説され, 化膿性疾患や食中毒などの「多様な疾患の起因菌」と位置づけられてきました。果たして黄色ブドウ球菌 (MRSA) は日和見感染の起因菌であると称すべきなのでしょうか。 微生物で感染の成立 (発症) はほとんど全て人体側の条件に左右され, その意味で“日和見”的要素はあるわけで, ブドウ球菌もその例外ではありませんが, この菌を日和見感染菌に含めるとなると, 不顕性感染の率の高い (発症率の低い) 他の多くの病原細菌は日和見感染菌であると定義しなくてはならなくなりそうに思います。この点について, どなたか専門の先生方のご見解を賜りたいと思います。 【回答】
「日和見感染」は「opportunistic infection」の訳語です。文字通りの「機会感染」の他に,「気まぐれ感染」また「平素無害菌感染」等々, 種々の訳語が使われてきました。要するに, 日和見感染とは, 普通の健康な人には感染症を起こさずに, 弱毒微生物または非病原微生物あるいは平素無害菌などと呼ばれる (院内) 環境のあちこちに棲息している外因性微生物や, あるいは自分自身の正常細菌叢の構成菌種である内因性微生物が原因で発症した感染症のことを言います。診断技術や医療技術の進歩により, 重篤な疾患の患者であっても延命することが可能になっています。そして, 感染に弱い老齢層の増加や, もともとの疾病による基礎体力の消耗および治療に用いる種々の療法が原因で感染防御能が低下し,「日和見感染を起こす菌」と接触する機会も増加しています。このようなことが背景となり, 日和見感染が増加したといえます。したがって, 他の疾病の治療中に起こるなど, やむを得ない場合も少なくなく, 宿主側の感染防御能の低下に原因することが多いとされています。 確かに, 黄色ブドウ球菌は種々の毒素を産生し, 古くから種々の化膿性疾患や食中毒を惹起させるなど, いわゆる日和見感染菌種とは異なる位置づけで捉えられて来た経緯があります。一方, MRSAは病院 (医療機関) 内に特化して棲息して, 抵抗力が衰えたり大手術後や重篤な疾患に付随して起こる肺炎などの難治性感染症起因菌種として知られ, いわゆる市中感染症での起因性は極めて少なかったことから, 「日和見」感染菌とされて来たのだと考えます。また, MRSAは今日では院内 (医療機関内) 以外にも市中感染の起因菌種としての拡大が一般化し, 外来患者からの分離も日常茶飯事で, 限られた特殊な菌としての考え方がなくなって来ています。免疫力の低下は, 皮膚などの機械的バリアー機構の破綻などによってももたらされ, 日常生活中の一般健康人が傷口から侵入したMRSAによって化膿性感染症を惹起する場合も今日では少なくありません。要するに, 黄色ブドウ球菌は日和見感染起因菌であるとか, 強毒菌であるとか, MRSAは日和見感染起因菌であるとか, 菌によって整理して区分すること自体に無理があると考えられるのではないでしょうか。 「日和見感染」という言葉は, 前述しましたが, 英語の「opportunistic」のある一面を捉えた翻訳から来ています。「opportunist」という機会主義者, 日和見主義者,「opportunistic」を「機会主義的, 日和見的」として訳出されたのだと考えます。「日和見」という言葉自体が「お天気しだい」という偶然性を意味するニュアンスが強いのですが, 日和見感染という言葉は, その意味するところから「状況によって挙動を変える」という, 感染病原体と宿主の関係の本質を突いた名訳ではないかと私自身は評価しています。事実, 日和見感染を引き起こす病原体に対して「opportunistic pathogens」という用語がある一方で,「conditioned pathogens」という表記もあるのです。要するに,「宿主の状況次第で病原体の感染行動も異なってくる」ことを示しているのです。訳の分からない回答になってしまいましたが, 回答者の意のあるところをお汲み取り下さい。 (信州大学・川上 由行) 【質問者からのお礼】
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