吐血

吐血は、消化管内腔に流出した血液が、肉眼的に明らかな出血と確認できる状態で口腔から体外へ排出される場合をいう。したがって、吐物にわずかに血液が混じる程度のものは吐血と呼ばない。吐血はTreitz靭帯より口側の上部消化管からの出血を意味するが、ごく稀には空腸が出血部位であることもある。通常は胃内の塩酸によってヘモグロビンが塩酸へマチンに変化するため黒褐色を呈しコーヒー残渣様となるが、食道からの出血や大量の胃・十二指腸出血では鮮血を吐出する。

 

a. 問診のポイント 

吐血患者の診察に際しては、まず喀血を否定することが重要である。吐血は暗赤色で気泡を含まないが、喀血は鮮紅色で気泡を含むという点が両者の一般的な鑑別点として挙げられる。しかし、大量吐血の場合は必ずしもこの原則があてはまらないこともあるので注意が必要である。また、吐血では悪心・嘔吐、タール様便、喀血では咳、痰、発熱を伴うことが多い。とくに、喀血を飲み込んで吐く場合の吐血との鑑別は、喀出物の性状のみからでは困難であり、これら随伴症状の有無が役立つ。

 

b. 診察のポイントと検査

n        全身状態の把握:意識状態、血圧、脈拍、体温、呼吸、発汗などの状態からショック症状の有無を判定する。明らかなショック症状が無い場合でも、頭高位にすることによって頻脈、めまい、悪心、血圧低下が起こるときは前ショック状態と考える。

n        出血量の推定:血圧、脈拍、臨床症状などよりおおよその出血量を推測し、同時にショックに対する応急処置と止血を行わなければならない。

n        視診:皮膚の出血斑(紫斑)、くも状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房、腹壁静脈怒張、黄疸の有無に留意し、聴診にて腸雑音の程度をみる。触診では、腹部腫瘤、肝脾腫、圧痛の部位と程度、筋性防御、表在リンパ節の腫大の有無をチェックする。口腔・咽頭・鼻腔の視診、呼吸音の聴診によって、これらの部位から出血する可能性を検討する。

n        打診:腹水の有無をみる。

n        検査:検血は重要であるが、これらは出血直後には低下しないため、出血量を判定する正確な指標とはなりえない。血液型、クロスマッチ用採血、血液生化学(総蛋白、GOTGPTLDHALP、ビリルビン、BUN—特に上部消化管出血で上昇、クレアチニン、電解質)、心電図、胸部]線検査、腹部単純]線検査などが必要であり、状態により血液ガス分析も行う。

n        緊急内視鏡検査:出血源の確認、出血状態の把握および止血操作のため、すべての吐血患者に対し内視鏡検査が第一選択である。さらに、大量の持続性出血により出血源や病変の広がりの把握が困難な場合には止血を目的とした血管造影も考慮する。

 

c. 原因疾患と鑑別診断

n        出血部位の推定

1)     新鮮血の吐出---食道出血(食道静脈瘤、食道癌、食道炎、食道潰瘍、Mallory-Weiss症候群など) 大量の胃・十二指腸出血はしはしば新鮮血の吐血となりうる。

2)     コーヒー残渣様であれは胃・十二指腸からの出血(胃・十二指腸潰瘍、胃癌、急性胃粘膜病変など) 。少量ずつの食道出血で一旦胃内に貯留した後吐出する場合はコーヒー残渣様の吐血をきたすこともある。

n        問診

1)     解熱鎮痛剤、非ステロイド系消炎鎮痛剤、副腎皮質ホルモンなど---急性胃粘膜病変

2)     抗生物質のカプセルを就寝前に少量の水で飲用した後---食道潰瘍

3)     熱傷、外傷、手術などを受けた後のストレス---急性胃粘膜病変あるいは急性胃潰瘍

4)     アルコール過飲後の嘔吐に続いて新鮮血を吐血---Mallory-Weiss症候群

5)     嚥下痛を伴う---食道炎、食道潰瘍、食道癌

6)     胃切除の既往---吻合部潰瘍、胃癌の再発など

7)     空腹時心窩部痛、胸やけなどの潰瘍症状や消化性潰瘍の既往歴---胃・十二指腸潰瘍からの出血

8)     右季肋部痛、黄疸、下血を伴う場合は胆道出血の可能性も考慮

n        身体所見

1)     くも状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房、腹水、黄疸など肝硬変の所見---食道静脈瘤

2)     心窩部の腫瘤と左鎖骨上窩の腫大したリンパ節を触知---胃癌

3)     表在リンパ節を触知し、肝脾腫---胃悪性リンパ腫

4)     皮膚に紫斑を認め全身の出血傾向が疑われる場合---白血病、血小板減少性紫斑病、DICなどの血液疾患に合併した胃粘膜病変(びらん、潰瘍など)からの出血

5)     顔面、額部、指尖、鼻腔、口腔に数mmの毛細血管拡張が多発し、遺伝性を認める場合---Osler-Weber-Rendu(遺伝性出血性末梢血管拡張症)