下血とは血液成分を肛門から排出することであり、口腔から直腸までの全消化管が出血源となりうる。
n 黒色便、タール便(tarry stool)
上行結腸よりロ側の出血で起こるが、少なくとも60ml以上の出血量が必要であり、また血液中の血色素が胃液や大腸内細菌によりへマチンに変換される必要がある。
n 鮮血便
鮮紅色の出血で、肛門側に近い大腸からの出血で起こる。十分量の出血が緩徐に続き、大腸の運動が低下している場合は黒色便となることもある。
a. 問診のポイント
@下血の性状(色調、量、硬度)、A発症形式(急性、慢性)、B周期性、C発症前の便通、D薬剤服用(抗生物質、非ステロイド系抗炎症剤、副腎皮質ホルモン、経口避妊薬など)、E既往歴(膠原病、心疾患、血液・凝固系の疾患、消化管疾患、開腹手術など)、F放射線治療歴、G海外渡航歴、H月経、I家族歴、J随伴症状(発熱、腹痛、下痢、便秘、悪心、胸やけ)などについて聴取する。なお、黒色便は、鉄剤やビスマス製剤などの薬物服用、ほうれん草やその他の緑色野菜を大量に摂取した場合にもみられるので、このような薬物や食物の摂取の有無についても問診する必要がある。
b. 診察のポイントと検査
n Vital signのチェック:血圧、脈拍などよりショック症状の有無をまずチェックする。
n 全身の観察:紫斑、皮疹、くも状血管腫、手掌紅斑、皮膚・粘膜の色素沈着、体表の軟部腫瘍・骨腫などの有無について全身を観察する。
n 腹部の観察:蠕動不隠、肝脾腫、腫瘤、抵抗、圧痛、腸雑音、腹水、鼓腸などの有無について診察する。肛門部の観察や直腸指診も重要である。
n ルーチン検査:検血、血液生化学、心電図、腹部単純]線検査を行う。
n 検査:出血源の検索と止血を目的として、内視鏡検査、血管造影、出血シンチ、消化管造影を施行する。
Ø 黒色便と暗赤色便の場合には上部消化管内視鏡検査を施行する。上部消化管に出血源を認めない場合、大腸から小腸の検索を行う。
Ø 鮮血便の場合はまず大腸内視鏡検査施行する。
c. 原因疾患と鑑別診断
n 色調による出血部位の判断:黒色便は上部消化管〜空腸上部、暗赤色便は回腸〜右側結腸、鮮血は直腸〜肛門に出血源があることが多い。
n 便の硬度と出血部位:胃、小腸・右側結腸からの出血では、腸管内の血液成分の浸透圧効果によって水分量が増加するため、便量が増加し軟便となりやすいが、左側結腸からの出血ではその影響は少なくなり、さらに直腸、肛門からの出血では便の硬度は正常である。
n 血液と便の混じり具合:便塊の表面に血液が付着する場合は直腸・肛門からの出血、便塊の中に血液が混じっている場合はS状結腸より上部からの出血と考えてよい。
n 排便と出血との時間的関係:排便後の出血は痔核や裂肛などの肛門病変によるものが大部分を占めるが、排便前の出血あるいは排便を伴わない出血では肛門より上部に出血源が存在する可能性が高い。
n 病歴と疾患
Ø 急性発症の下血---虚血性大腸炎、薬剤性大腸炎、感染性大腸炎
Ø 間欠的な下血---小腸腫瘍、Meckel憩室、動静脈形成異常
Ø 非ステロイド系抗炎症剤、副腎皮質ホルモン服用中の下血(黒色便)---急性胃粘膜病変
Ø 抗生物質服用中の下血(鮮血〜暗赤色便)---薬剤性大腸炎
Ø 経口避妊薬服用中---虚血性腸炎
Ø 心疾患、動脈硬化、高血圧、糖尿病の既往---虚血性腸炎
Ø 膠原病(SLE、結節性動脈周囲炎など)の既往---腸潰瘍からの出血
Ø 海外渡航歴---アメーバ赤痢などの感染性腸炎
Ø 月経周期に一致した下血---腸管エンドメトリオーシス
Ø 随伴症状として、発熱、腹痛・下痢を伴う場合---感染性腸炎、抗生物質起因性大腸炎、Crohn病、潰瘍性大腸炎、腸結核などの炎症性腸疾患
Ø 心窩部痛、胸やけ---胃・十二指腸潰瘍
Ø 食欲不振や体重減少---悪性腫瘍
Ø 皮膚・粘膜の毛細血管拡張---Osler-Weber-Rendu病
Ø 口唇・頬粘膜の色素沈着---Peutz-Jeghers症候群、遺伝性+
Ø 体表部の骨腫・軟部腫瘍---家族性大腸腺腫症、遺伝性+
Ø 腹痛と腹部腫瘍の触知---大腸癌・腸重積
Ø 腹痛、関節痛、紫斑、蛋白尿を伴う場合---Schonlein-Henoch紫斑病
Ø 左・右下腹部に圧痛・抵抗を認め・反跳痛や筋性防御を伴う---大腸憩室炎
Ø 吐血をきたす上部消化管疾患---下血の原因疾患となりうる