01/10/19
■  16S リボゾーム RNAでの菌株の相同性確認
【質問】
 医薬品製造メーカーの品質管理部で微生物試験を担当しています。
 液剤の製造ラインの無菌性を評価するため, 製造ラインに微生物培養用の培地を流して容器に培地を充填し, それを一定期間培養することで, 濁りの有無により無菌性を評価する培地充填試験を行っています。
微生物が検出された場合, それを単離し培養した上で汚染源 (と思われる所) から採取した微生物と同一であるかどうかを迅速に確認したいと考えています。環境菌が対象であるため種類も多いと思われるので, 属・種を同定することなく, 16SリボゾームRNAの塩基配列を利用して, 2つの菌が同一の種であるかどうかを確認するということは可能でしょうか? 属・種などはそれ程重要でなく, 汚染源をできるだけ早く確定させたいのですが。

【回答】
 まずは, 極めて困難であり, 且つ決して迅速な方法ではないと思われることを最初に申し上げておきます。幾つかの問題点が介在していると思われるのですが, 一つ一つ考えていきたいと思います。

(1) 無菌性を評価するための充填培地の具体的名称が質問内容には記載されておらず, 判りかねますが, この件については問題がないもののとして考えていきましょう。

(2) 通常とは異なる目的で16S リボゾーム RNA の塩基配列を決定し, 未知の2つの菌株を相互に比較して, 属・種はともかく, 2菌株の同一性を評価しようということだと思います。そして, その手法にかなりの迅速性を期待されているように思われます。ここで, 混濁発育した充填培地からの検出菌のsingle colony と汚染源と推定される箇所より分離したsingle colony を相互に比較する場合を想定してみましょう。例えば, ABI prism と MicroSeq 16SrDNA sequencing kits(ABI 社)を用いれれば, 数検体でも1日で sequencing が可能でしょう。そして, 2菌株の homology まで調べることは可能かも知れません。でも, 初期投資とrunning cost がとても高く付くことが大いに気になるところです。

(3) 比較すべき2菌株の sequencing の成績が, 殆ど同じで極めて酷似していた場合を考えてみましょう。殆ど同じということは僅かな相違箇所が存在していたことを意味します。この場合, 同一菌種レベルであったとしても, 同一株とは本当にいえないでしょうか? もし, 同一株を供試してもsequencing kits が極めて再現性よく1塩基の誤りもなく成績を出してくれるでしょうか? またそこまでの精度を我々は期待していいでしょうか? 完璧に同一でなくても同一株である可能性は否定できません。

(4) それでは, こんどはsequencing の成績が, 仮に寸分も違わず全く同じであった場合を想定してみましょう。この場合, この成績は, 比較した2菌株は同一菌種レベルにある可能性を極めて強く示唆する成績であって, 必ずしも同一株を保証する成績ではないことに注目しなければなりません。同一菌種であっても同一株であることが立証されなければ, 疫学調査の目的には意味がないことになります。つまり, 汚染源を特定するためには, これだけでは不十分ということなのです。

(5) 比較対象の2菌株の同一性を評価する手法としては, 菌種同定により同一菌種であることが判明していれば, 生物型・血清型・ファ−ジ型・バクテリオシン型等々の各種型別法を適応させたり, 抽出したgenomic DNA を既知の適当な制限酵素で処理して最終的にはRFLP により評価することが出来ます。でも, 菌種同定が為されていない菌種では, RFLP による評価を実施しようにも, 処理に用いるべき適当な制限酵素の種類さえ推定することが困難です。最適な酵素の選択作業にも無駄な日時のみならず, 経費・労力を要してしまいかねません。疫学調査にバクテリアを対象とする場合, 先ず実施しなければならない必須事項は, 菌種同定作業であることを申し上げたいと思います。

(6) 菌種同定を省略して, 総ての工程を遺伝学的な手法に依存させても, 所期の目的を達成させることは可能でしょうが, 比較にならないほどの労力と経費を要し, また決して迅速性という観点からもお奨めできないと考えます。

(信州大学・川上 由行)

[戻る]