01/12/03
■ バクテリアの“16sリボゾームRNA”って, なに???
【質問】
 初めてメールを致しました。私は臨床検査会社に勤めるものです。バクテリアの事を調べていて, ちょっと壁にぶつかりました。自力で調べてみたのですが, よく理解できないため質問させてください。
 PCR法でバクテリアを検出する時に「16sリボゾームRNA」の領域を増幅していますが, この理由が良くわからないのです。それと, 人種差とかの影響はないのでしょうか?どうぞ宜しくお願いします。

【回答】 
 ご質問の意図するところに判然としない部分があるのですが (1) 16Sリボゾーム RNA領域の増幅がバクテリアの検出に用いられる理由, と (2) 16sリボゾームRNA領域は菌種 (人種というのは菌種の記載ミスと判断させていただきましたが宜しいでしょうか?) により異なるのでしょうか? というご質問であると捉えさせていただき, 以下に回答いたします。 

 まずは, 「なぜリボゾームRNAなのか?」そして「なぜ16SリボゾームRNAなのか?」ですが, ひとことで言えば, DNAでは分子サイズが巨大すぎるし, トランスファ−RNAでは小さすぎて, リボゾームRNAが最適で, その中でも16Sリボゾー ムRNAが適しているからなのですが, 判りやすくご説明しましょう。 リボゾ−ムはご存知のようにタンパク質の合成装置で, 代謝の盛んな細胞ほど多数含まれています。また歴史的に, 超遠心分析によって求められる沈降係数 (SはSvedbergという沈降速度を表し, 10〜15秒の単位) から呼称されています。具体的には, 大腸菌のようなバクテリアに代表される原核生物では70S型, 植物やヒトのよ うな真核生物では80S型のリボゾ−ムを有しています。つまり, 原核生物のバクテリアと真核生物とではリボゾ−ムの物理化学的性状が異なるのです。いずれの型のリボゾ−ムも複雑な形状を有する大小2つのサブユニットから成っています。真核生物の80S型のリボゾ−ムは40Sと60Sサブユニットに解離し, サブユニットはそれぞれ更に多くのタンパク質から構成されています。 一方, ご質問のバクテリア (原核生物) の70S型リボゾ−ムは30Sと50Sサブユニットに解離します。そして30Sサブユニットは, 16Sリボゾ−ムRNA (約1,500ヌク レオチド) と24種類のタンパク質から, また50Sは5Sと23S (約3,000ヌクレオチド) の2つのリボゾ−ムRNAと34種類のタンパク質からそれぞれ構成されています。 また, 80Sを構成するサブユニットはそれぞれ更に多くのタンパク質から作られています。さて, それでは何故に16Sリボゾ−ムRNAなのかについて, 少し説明を加えます。この地球上には, 約200万種にものぼる生物が共存しているとされています。 バクテリアからヒトまで驚くほど多種多様なのですが, 言うまでもなくそれは生命誕生後の38億年間, 生物が進化し, 新しい種が次々と生じた結果にほかなりません。ここで, 表現型 (phenotype) レベルの分類学的研究が1世紀以上の歴史を持つ一方で, 分子レベルからの研究はせいぜい20年そこそこしか経っていません。しかしこの短い年月の間に微生物学(生物学・医学) は分子生物学を軸にして回転してきています。この隆盛は遺伝子に関する分子レベルでの多くの知見をもたらしてくれました。そして観察された事象の中から, ダ−ウィンの自然淘汰仮説のみでは説明困難な重要な事柄が存在することが判明したのです。分子進化学という新領域が誕生した理由がここにあるのです。さて, その典型例は, 分子進化に限って言えば「分子時計」の存在です。詳細は省略しますが, 要するに高分子, 例えばタンパク質の全アミノ酸座位当たりの相違アミノ酸座位数の割合 (相違度) をとると, これが分岐年代時期にほぼ比例するという事実なのです。これは, DNAやRNA等の高分子にも成立している一般的な性質で, 各分子ごとに分子種固有の速度で進化 (塩基置換) する (分子の置換速度の一定性) という驚くべき性質なのです。つまりは, 高分子のDNAやRNAを調べれば, そこに存在している種の識別が可能なのです。しかし, 前述しましたように, DNAでは分子サイズが巨大すぎるし, トランスファ−RNAでは小さすぎて, リボゾームRNAが最適で, その中でも16SリボゾームRNAが適しているのです。5Sリボゾ−ムRNAでは系統発生 (種の識別) を類推するには不十分ですが, 16Sと23Sリボゾ−ムRNAですと, 必要充分量の情報が得られるのです。元来, 種の発生は分子系統発生学によって研究されてきました。これは, 異種間の遺伝子の相同性を比較分類することにより, 樹形図的に種と種の分岐点を類推する学問なのです。塩基配列の違いを変異の度合いとし, その隔たりがある基準以上の場合に異種と認識されます。同種間であっても, その形質に違いを認めない程度の差異は同一種として容認されます。細菌の遺伝子の塩基配列は, DNAについては, ごく一部の細菌を除いてその全貌が明らかにはされておりません。なぜなら, たとえバクテリアであろうとも, その塩基の量は極めて膨大で, 正確なシーケンスにはかなりの困難を伴うからです。その点においてRNAの塩基は, 読み取り可能な量であり, かつ, 種の関係を類推し得る相同性の高い部分と, その種独自の特異的部分がすでに明らかになっているものも多いからです。 

 さて, ここで特定の遺伝子に基づいた系統発生類推のための条件についてまとめてみましょう。DNAは生命体をつかさどる基本なのですが, 異種間における相同性はそう高くはないのです。また, 分子の分析が可能な範囲というのは, 一般的な技術水準からいっても限られています。よって, 種の同定 (独立性) のためには分析する遺伝子が, 以下の必要条件を満たせばよいと考えられます。 
1. 普遍的な機能をもつ。 
2. 異種間では転写されない。 
3. 種の違いを示す適当な差異をもつ。 
4. 過去の進化 (変異) の過程を類推するのに十分量の情報がある。

 以上の条件にかなうのが, 現在のところ16Sリボゾ−ムRNAもしくは23Sリボゾ−ムRNAなのです。繰り返しますが, 5Sリボゾ−ムRNAでは情報量が少なくて上記の条件を満たすには不十分です。逆にDNAでは, 情報量が多すぎ, 分析が容易でなく, また個体間の差異が大きいため適さないのです。16Sリボゾ−ムRNAもしくは23Sリボゾ−ムRNAのどちらでもバクテリアの検出や種の違いを識別に有用と考えられますが, 16Sリボゾ−ムRNAが最も取り扱いが容易なことから汎用されるのでしょう。

(信州大学・川上 由行)

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