03/11/26
■ 鞭毛染色法について教えてください
【質問】
 初めてご質問をさせて頂きます。職業は化粧品製造メーカーです。

 光学顕微鏡で細菌が持つ“鞭毛”を確認するため (細菌の運動性の有無を調査するため), 鞭毛染色の方法についてインターネット上で調べているのですが, 詳しい方法が記載されているサイトがなく困っています。どうしても光学顕微鏡で鞭毛を見てみたいので鞭毛染色の仕方を教えていただけないでしょうか??? レイフソン法, Loeffler法などがあるようなのですが, 私, 微生物学に関しましてはほとんど素人ですので, 比較的やりやすい方法が良いのですが・・・

お忙しいなか, 大変恐縮ではありますが, 何卒ご返答の程よろしくお願いいたします。

【回答】
 運動 (分子運動ではない) する細菌細胞は必ず鞭毛を持っています。しかし運動しないからといって鞭毛がないとはいえません。それは鞭毛を持っていても運動能力を失った細胞や, わずかな運動能力しか発揮できない細胞の場合です。鞭毛染色は, その細胞の特徴を観察するのみならず, 菌種同定の決め手になる場合もあります。以下, 鞭毛染色を成功させるためのポイントを概説しますが, けっして容易な方法ではありませんのでご承知ください。

(1) 運動性の確認

 大腸菌などの発酵菌の場合は半流動直立培地で, 緑膿菌など非発酵菌の場合は平板に固めた半流動培地を用いて被検菌株の運動性を確認します。発酵菌では試験管培地全体が白濁するか, 菌接種穿刺線に沿って周囲に広がって発育していれば運動性と判断します。これに対して遊離酸素を必須とする非発酵菌の運動は半流動培地平板の中心に接種した部分から外側にむかってびまん性に発育します。仮に菌接種部分のみの発育なら非運動とみなします。また, 液体培地を利用する場合には糖不含ブイヨン培地 (ハートインヒュージョンブイヨンなど) に被検菌株を接種し, わずかな濁りが認められた時点でその1白金耳量を採り, スライドグラスに載せ, カバーグラスで覆い, 弱拡大 (100倍_400倍) 乾燥系レンズで鏡検します。活発な運動性菌は極毛菌が, やや緩慢な運動なら周毛菌が予想され, 細胞個々の微動性 (分子運動) の場合は非運動と判断します。もし運動する細胞が少ない場合は半流動培地を用い鞭毛を増強する方法があります。

(2) 菌液の調整と塗抹

 美しい標本を作りたい場合は, ブイヨン培養菌 (25℃, 10_18時間培養) 3 mlに10%中性ホルマリン0.5 mlを加えて固定し, 3,000回転, 15分遠心し, 上清を捨てます。さらに蒸留水を試験管7分目位まで加えて混和後, 再遠心します。この洗浄操作を数回繰り返し, 最後に蒸留水でわずかに白濁が見られる濁度に調整します。平板培養菌 (集落) から調整する場合は, 培地成分を持ち込まないよう白金線で釣菌し, 少量の蒸留水を入れた試験管内で軽く振り動かしながら浮遊させます。塗抹に使うスライドグラスは完全脱脂 (市販品: スーパーフロストスライドグラス, 松浪硝子) のものを用います。スライドグラス表面の埃と水分をバーナーの炎で軽く加熱して取り去り, 直ちにスライドグラスの縁に沿ってガラス鉛筆で枠を描きます。菌液1白金耳量をスライドグラス枠の一端に載せ, 直ちにスライドグラスを斜め (菌液を載せた方を上にして立てる) にすると菌液が流れて一様な塗抹ができます。このとき菌液が流れない場合や水滴様になる場合は, スライドグラスの洗浄が不完全です。塗抹標本はそのまま自然乾燥させます。

(3) 染色

 染色法には, レイフソン法, レフレル法, 西沢・菅原法, 戸田法などが紹介されていますが, 美しい標本を得たいなら“レイフソン法”を推奨します。これは色素原液 (パラロザニリン酢酸塩, パラロザニリン塩酸塩アルコール溶液), タンニン酸, 食塩を密栓ガラス容器で混和して後4℃に数日以上静置し, 上清が完全透明になっていることを確認したうえで使用します。染色はスライドグラス塗抹標本の枠内に1 mlの染色液を静かに注ぎ, 終末点 (染色液中に霧のような混濁が出現した時点) に達したなら噴射瓶の水を注ぎます。途中で液面に金属様光沢膜が現れますが, これが終末点ではありませんので無視してください。終末点の観察には60Wの白熱灯をスライド裏面からかざすと良くわかります。噴射瓶の水でまず金属膜を浮きあがらせ, 洗い流した後で丁寧に水洗します。このとき金属膜がスライドグラスに張り付くと汚い標本となります。染色したスライドグラスは濾紙の上に立てた状態で自然乾燥します。

(4) 鏡検

 1,000倍率油浸系レンズで鏡検します。まず, スライドグラス中央の塗抹部分で焦点を合わせ, 鞭毛細胞が多数単在する視野を探します。さらに菌体のどの位置から何本の鞭毛が出ているのか, その形状と規則性などを記録します。

(5) 文献紹介

 細菌の鞭毛は, 約20,000個の蛋白質 (約500個のアミノ酸) による螺旋階段状構造を持ち, これが1分間に1万回転以上の高速回転で運動することが知られています。菌種によっては1_2秒毎に回転の方向転換を行い, 体表のセンサーで餌を求めて糖やアミノ酸濃度の濃い方向へ進むらしいです。高性能モーターの確認をどうぞお試しください。

〔参考文献〕

(1) 藪内英子: 日常検査法シリーズ・14ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌. 医学書院, 29, 1977.

(2) 山中喜代治: マスターしよう検査技術・鞭毛染色. 検査と技術 21: 349, 1993.

(3) 藪内英子: 鞭毛を持った菌と対面しよう?レイフソンの鞭毛染色法_. メディヤサークル 17: 503, 1972.

(大手前病院 山中喜代治)


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