03/07/01
■ 偽膜性大腸炎について教えてください!
【質問】 
 教えてください! 
 現在, 偽膜性大腸炎について検討しています。検討症例の70%は抗菌剤使用下の菌交代症かと思われますが, 残り30%については原因がわかりません (すべてCDトキシン陽性)。不明症例では以下のことがありました。 

(1) 抗菌剤使用を中止後10〜17日に偽膜性大腸炎を発症しました 
質問: [抗菌剤投与中止後の発症の報告もありますが, そのメカニズムは???] 

(2) 便培養でCDとMRSAの両者を検出しました 
質問: [この場合, CDトキシン陽性でもMRSA腸炎と判定できるのでしょうか???] 

(3) 質問: [CDが検出されうる疾患として消化器系術後以外にどんな疾患が一般的ですか???] 

(4) 全症例でバンコマイシン使用していますが, 再発症例が数例あります 
質問: [抗生剤中止後に完全除菌されていないのでしょうか???] 

(5) 質問: [CDトキシン検出=下痢・発熱=偽膜性大腸炎発症と考えられるのでしょうか???] 
長々と書き綴ってしまいましたが, ご教授宜しくお願いします。 

【回答】 
 まず, ここで質問されている“偽膜性大腸炎”は, Clostridium difficile関連下痢症/腸炎 (CDAD) のことであると推察してお答えします。“偽膜性大腸炎”は, 病理学的診断名で, 内視鏡や病理解剖で消化管に偽膜形成が認められた場合に診断されます。内視鏡検査を行わなかった場合や内視鏡検査により偽膜が認められなかった場合は“偽膜性大腸炎”という診断名はつきませんが, C. difficile関連下痢症/腸炎を否定することはできません。偽膜形成の認められないC. difficile関連下痢症/腸炎は多く認められます。 

第二に, “CDトキシン陽性”とは, “糞便検体中のC. difficile toxin A陽性”ということでしょうか。酵素免疫法によるtoxin A検出は, 日本では現在2種類のキットが利用できますが, 培養法に比較しますとやや感度が劣ること, toxin A陰性・toxin B陽性菌株による感染症は見過ごされる点が問題となっていますので, toxin A陰性でも, 臨床所見でCDADが強く疑われる場合, 入院症例で下痢症例が続く場合は、菌の培養を行ってみてください。 

(1) 抗菌剤使用を中止後10〜17日に偽膜性大腸炎を発症しました 
質問: [抗菌剤投与中止後の発症の報告もありますが, そのメカニズムは???] 
回答: 抗菌剤使用を中止後10〜17日にCDADを発症することは稀なことではないようです。メカニズム (?) は抗菌薬投与中の症例と同じだと思います。C. difficileが院内感染をしばしば起こすことからわかりますように, もともと消化管内に保有していた菌により, 抗菌薬使用を誘因として発症する症例よりは, 入院中にC. difficileを獲得し, 発症する症例が多いと考えられています。抗菌薬使用中止後, あるいは抗菌薬以外の要因で消化管細菌叢が変化し, 回復しないうちにC. difficileによる暴露を受け, 獲得し, 発症したと考えると矛盾はないように思います。 

(2) 便培養でCDとMRSAの両者を検出しました 
質問: [この場合, CDトキシン陽性でもMRSA腸炎と判定できるのでしょうか???] 
回答: 現在のところ, 抗菌薬関連下痢症の原因病原体として, 因果関係が明確であるとされているのはC. difficileだけであると考えられています。抗菌薬関連MRSA腸炎は特に日本で注目されていますが, 文献を調べますと, 日本からの症例報告が多く, 多数の症例で明らかな因果関係を示した論文や, 基礎的検討を行った報告が多くないために, 明確な回答ができません。さらに, 毒素産生性C. difficileを消化管に保有していても無症候である場合も多くありますので, MRSA同様, C. difficileが分離されたからといってCDADであると診断できない場合もあると思います。 

(3) 質問: [CDが検出されうる疾患として消化器系術後以外にどんな疾患が一般的ですか???] 
 質問の意図がわかりません。 

(4) 全症例でバンコマイシン使用していますが, 再発症例が数例あります 
質問: [抗生剤中止後に完全除菌されていないのでしょうか???] 
回答: CDADは再発の多い疾患です。再発のほぼ半分は治療が不完全であったためによる再燃, 残りの半分が治療によりC. diffcileが排除された後, 再びC. diffcileを新たに獲得して発症する再感染と言われています。ただし, 病院内で同一のクローンが流行している場合は, 再感染であっても同じクローンによる感染が2度3度と起こる可能性も低くありません。ご質問の検討症例の詳細が不明ですが, 全症例にバンコマイシン使用というのは, 適切な治療ではなかったかもしれません。治療の原則は, まず第一に誘因と考えられた抗菌薬や抗がん薬を中止あるいは変更して経過をみることです。CDADのなかには, 特に治療をしなくても回復する症例が少なくありません。バンコマイシンは, 誘因となった薬剤を中止しても, 消化管症状が回復してこない場合, あるいは重篤な症状を呈している場合に処方すると考えたほうがいいように思います。 

(5) 質問: [CDトキシン検出=下痢・発熱=偽膜性大腸炎発症と考えられるのでしょうか???] 
回答: まず, 内視鏡や病理解剖で偽膜形成が認められれば, C. difficileの培養やC. difficile毒素の検出検査が行われていなくても, CDADであると診断できると考えられています。ですが最初に述べたように, 偽膜形成が認められないCDADは多いので, 偽膜が認められなくてもCDADは否定できません。下痢は, CDADの症状としては最も頻繁に認められる症状ですが, 血便や粘液便, さらにはイレウスとなり, 降便のない症例も報告されていますので, 下痢でなければCDADを否定できるかと言われれば否定できません。発熱については, 基本的には消化管に限局した感染症なので, 発熱のない症例も少なくないと思います。糞便検体中のtoxin A検出については, 最初にも述べましたが, toxin Aキットの感受性の問題, toxin A陰性・toxin B陽性C. difficileによる感染の問題により, toxin A陰性であってもCDADを否定できない場合があります。実はCDADは診断の難しい疾患です。臨床経過が重要で, 誘因と考えられる抗菌薬などを使用中あるいは使用歴があり, 他の病原体による消化管感染症が否定でき, バンコマイシンなどによる治療の開始前で, 消化管症状のあるときに採取した検体で検体中toxin Aが陽性あるいは、toxin B陽性C. difficileが分離培養された場合にCDADが強く疑われると言えます。さらにCDAD発症には, 経管栄養や緩下剤や浣腸使用, H2 blocker使用などの危険因子が報告されていますので, このような臨床背景を持った症例での下痢症/腸炎では特にCDADを疑う必要があると考えます。 

(国立感染研・加藤 はる)

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