2001/12/27
■ 環境汚染での“大腸菌群”の意味するところは???
【質問】前略, 初歩的なことですがよろしくお願いします。
近年, 河川などで大腸菌群数が環境基準を上回って検出されている状況が多く見うけられますが, 大腸菌群とは実際どのようなものなのか説明ができません。文献などで「大腸菌群とは, グラム陰性無胞子性棹菌(かん菌)で, 乳糖を分解してガスを産出する好気性または, 通性嫌気性の菌を意味し, 分類学上の大腸菌とは一致しない。したがって, 必ずしも腸内細菌とは限らず, 土壌や水域に広く自然界に分布しているものを含む」と解しますが, グラム陰性無胞子性棹菌とはどういうものなのか。本来の大腸菌と毒性 (病原性) は異なるのか。炭疽菌なども含むのか。どのような菌があるのか。なぜ, 大腸菌群として測定するのか。MPN法と平板法での関連性はどうなのか。大腸菌群数の何割かが大腸菌であるとか, 相関ないのか。以上のような点についてご教授いただきたく, よろしくお願いします。

【回答】
 一般的に呼ぶ大腸菌 (通俗名) の正式名称 (学名) はEscherichia coli (種形容語) であり, 分類体系では原核生物の1Family Enterobacteriaceae (腸内細菌科) に含まれる1菌種です。分類体系の統廃合は, 基準株の詳細な分析結果をもとに行われますが, その手法は時代と共に進展し, 現在ではゲノム解析による新たな展開を迎えようとしています。ただし, これまでの分類手法は染色体DNAのグアニンとシトシンの比率 (GC%) や形態学, 染色性, 免疫学, 生物学が主流であり, 同様の手法が分離菌株の同定 (未知の菌株が既知菌種の性状と一致すること) 検査にも応用されてきました。その代表的検査がグラム染色性の大別であり, Christian Gram (1884年) の研究により命名された方法です。これは細菌細胞の表層構造の違いによって一次染色液の浸透性とアルコールなどによる脱色性が異なることを応用したものであり, 細胞壁ペプチドグリカン層の厚い細菌は一次染色液で青色に染まり, 脱色剤で容易に剥離される細胞壁蛋白・脂質を持つ細菌は対比染色液で赤色に染まるよう工夫した染別法がグラム染色検査です。このグラム染色検査を被検菌体に施し, 光学顕微鏡で観察した様を分類と同定に採用した訳ですが, まずは多くの細菌をグラム染色性 (青色を陽性, 赤色を陰性と設定) と菌体形状 (球状を球菌, 棒状を桿菌と呼称) から, 4分割 (グラム陽性球菌, グラム陰性球菌, グラム陽性桿菌, グラム陰性桿菌) しました。さらに, 科, 属, 種を決定するための性状検査が考案され, 細菌細胞の構造と機能 (酸素や温度条件などの生育環境, 莢膜・芽胞・鞭毛の有無, 運動性など), 生化学的性状 (炭水化物の発酵・酸化分解能, アミノ酸の加水分解能, 有機物の利用能など), 免疫血清学的性状 (菌体や鞭毛など特異抗原の型別など) から特定菌属や種名が決定されます。これらの検査法は現在でも広く浸透しており, E. coli (大腸菌) の主な性状は次のとおりです。

(1) グラム陰性, 無芽胞桿菌, 周毛性鞭毛を持ち運動性 (非運動性もある)
(2) 通性嫌気性 (遊離酸素の有無に拘わらず発育できる性質)
(3) 通常の寒天培地および少量の胆汁酸を含む培地にも良好に発育する
(4) ブドウ糖を分解し, 酸 (100%) とガス (95%) を産生する
(5) 硝酸塩を亜硝酸塩に還元 (100%), 乳糖分解 (95%), インドール産生 (98%)
(6) オキシダーゼ, VP, ウレアーゼ, クエン酸利用能, ゲラチン分解能はすべて陰性
 ゆえに, ご質問の炭疽菌はグラム陽性有芽胞桿菌であり大腸菌群には含まれません。

 さて, 学名E. coliとは別に呼称される“大腸菌群”ですが, グラム陰性無芽胞桿菌, 乳糖を分解し, 酸とガスを産生する通性嫌気性の一群をいい, この名称は衛生医学領域で使用される用語であり, 細菌分類学上のE. coli, Citrobacter sp., Klebsiella sp., Enterobacter sp.などの菌種が含まれ, さらに糞便と直接関係のないAeromonas sp.などの菌種も包括されます。このうち44.5℃で発育して乳糖を分解し, 酸とガスを産生する一群を“糞便系大腸菌群”とも呼んでいます。
 
 大腸菌群は環境衛生管理上の汚染指標菌として衛生上の飲料水適否判定のために, Schardinger (1892) が提案したものです。大腸菌群はヒトや動物の腸管内に生息し, 健康なヒトの糞便1 g中に10億から100億存在するといわれ, そのため微量の屎尿により水が汚染されてもきわめて鋭敏に検出されることになります。しかし, 大腸菌群が検出されたからといって直ちにその水が危険であるとはいえませんが, 多数検出されることは, その水は屎尿による汚染をうけた可能性が高く, したがって病原性大腸菌, 赤痢菌, サルモネラ菌などの消化器系病原菌により汚染されている危険があるということを示します。

 大腸菌群の検出法には, 寒天培地を用いて菌の実測値を求める方法や液体培地を用いた試験管法により確率論的に菌数のMPN (最確数) 値を求めるBGLB培地MPN法があり, 通常前者は菌量の多いと思われる検体に適用されます。国土交通省ではBGLB培地MPN法を標準法としています。

(大手前病院・山中喜代治)

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