03/04/16
03/04/15
■ グラム染色がうまくいかない
【質問】 
 初めて質問します。単離してきた菌の同定を行うため, グラム染色をしたのですが, グラム陽性菌であるバチルス菌が上手く染まりません。参考書では濃い紫色に染まると書かれてますが, 薄紫色にしか染まらず判断しにくいため単離菌の同定にとまどっています。染色時間を延ばしたり (5分間), 新鮮なバチルス菌 (20時間培養) を使用したりしたのですが, それでもあまり上手くいかず悩んでいます。何かいいアドバイスがあったらお願いします。 

【回答】 
まず質問の内容を分析確認してから回答したいと思います。 

 疑問 (1) 単離菌: 独立集落つまり単集落分離菌のことだと推察します 

 疑問 (2) 菌株由来: この株が材料から分離した未同定株なのか, 既に菌名がBacillusと同定された株なのかわかりません。文面からは, Bacillus属の参考菌株を入手し, 再分離培養後, 性状確認の意味を含めて再同定を試みているように推察されます。この場合, 菌種名, 菌株由来が不明です。 

 疑問 (3) 染色方法: グラム染色原法なのかハッカー変法なのか, あるいはその他の方法なのか, どんな色素を使ったのか不明です。 

 疑問 (4) 染色時間を延ばす: 染色手技全体で5分なのか, 一次染色液のみ5分なのかわかりません。 

 疑問 (5) 新鮮なバチルス菌 (20時間培養) を使用: 菌株の世代時間によって異なりますが, 新鮮培養とは数時間以内です。 

以上の点を踏まえて簡単にお答え致します。 
(1) 菌種と菌株について 
 グラム陽性球菌に分類されているGemella haemolysansの多くの株がグラム陰性にそまりやすいことから, しばしばグラム陰性菌群でも紹介されていますし, 嫌気性菌の中の有芽胞菌Clostridium属菌もまた条件によってグラム陰性に染まりやすいことが知られています。そしてBacillus属菌ですが, 莢膜をもつ菌や芽胞形成状態, 培養条件などによってグラム陰性または弱いグラム陽性色に染まることが知られており, 菌種によっては初期培養のみグラム陽性となるとの報告もあります[Gordon,R.E., Haynes,W.C. and Pang,C.H.N.(1973): The genus Bacillus Agriculture Handbook No.427. Washington,D.C.: Us Dept Agriculture]。先に記した培養条件ですが, Bacillusは発育速度が速いことから一夜培養でしっかりした集落を形成し, その中に含まれる細胞はリアルタイムで変化 (増殖・死滅など) しています。したがって若い培養菌を染色するなら移植後数時間 (2〜5時間) の菌苔 (独立集落ではなく塗り始めの部分が薄く盛り上がりつつある状態の培養物) を用いてください。 

(2) グラム染色法 
 一般的にはHucker変法 (1. クリスタルバイオレット水溶液にて前染色1分, 2. 水洗, 3. ヨウ素ヨウ化カリウム溶液1分作用, 4. 水洗, 5. アルコールにて30秒脱色, 6. 水洗, 7. サフラニン水溶液にて30秒後染色, 8. 水洗, 9. 乾燥, 10. 鏡検) が利用されていると思いますが, この方法は作業に熟練が必要であり, グラム染色性が判断しにくいと考えます。私達はこのHucker変法に比べ特別な熟練を必要とせず, 陽性・陰性が明瞭に判断でき, しかも個人差の少ない染色法B&M法を開発し紹介しています。操作は, メタノールなどにて固定した塗抹標本に1% クリスタルバイオレット水溶液を満載し, 直ちに5% 炭酸水素ナトリウム水溶液数滴を滴下 (この媒染操作が特徴), このまま30秒間染色後, 水洗, 次いで2% ヨウ素水酸化ナトリウム溶液を満載し30秒間作用させ, 水洗, 脱色はアセトン・エタノール等量混合液を用い素早く (数秒) 行い, 水洗。最後はパイフェル液にて数秒間染色し, 水洗, 乾燥, 鏡検します。このB&M法の市販品には次のものがあります。 

 1. グラムセット バーミー (武藤化学薬品株式会社) 
 2. グラムセット バーミーM (武藤化学薬品株式会社) 
 3. グラム染色 B&M山中変法 (メルク・ジャパン株式会社) 
 4. グラム染色液 B&Mワコー (和光純薬工業株式会社) 
 5. グラム染色液 neo-B&Mワコー (和光純薬工業株式会社) 

このうち2. のバーミーMと5. のneo-B&Mワコーは炭酸水素ナトリウムを省略したものですが, バーミーMは染色性が悪くグラム陽性・陰性の判断に苦慮する場合があります。これらの操作などについては以下の論文をお読みください。 

文献1) 山中喜代治: グラム染色 メBartholomew & Mittwerモを試そう. 日本臨床微生物学雑誌 3: 21〜26, 1993. 
文献2) 山中喜代治: 迅速検査としてのグラム染色 Bartholomew & Mittwer (B&M) 染色法を中心に. Med Technol 23: 205〜213, 1995. 
文献3) Batholomew, J. W. and T. Mittwer : The Gram stain. Bacteriol Rev 16: 1〜29, 1952. 
文献4) 湖城明子, 他: 改良グラム染色液neo−B&Mワコーと自動染色装置 POLYSTAINERを用いたグラム染色検査の実用性について. 医療と検査機器・試薬 25: 455〜465, 2002. 

また, グラム染色の基礎的内容については 
文献5) 山中喜代治: グラム染色. JARMAM 12: 81〜90, 2002. 
を参考にしてみてはいかがでしょうか。 

3.“劉の反応” 
培養菌株のグラム染色性がどうしても判断できない場合, この“劉の反応試験”が参考になると考えますので紹介します。劉の方法には (1) 水酸化カリウム法, (2) 石炭酸水法, (3) 硫酸法が紹介されていますが, (2)と(3)は若干危険性がありますので, ここでは(1)の水酸化カリウム法のみにします。この方法では, まずスライドグラスの中央にガラス鉛筆で2 cm程度の円を描き, この中央に3% KOH水溶液1滴を滴下します。なるべく若い培養菌を白金線で釣菌し, その菌苔をKOHと混和します。グラム陽性菌は何の変化もないのですが, グラム陰性菌は菌苔が粘稠性となり, 静かに引き上げると糸を引いたようになります。一度試してください。 

文献1) 劉 栄標: 極めて簡単なる「グラム」陰陽性菌鑑別法, 東京医事新誌 No.3102, 35, 1938. 
文献2) Ryu, E.: A simple method of differentiation between Gram-positive and Gram-negative organisms without staining.Kitasato Arch Exp Med 17, 58, 1940. 

グラム染色は一番簡単で最も重要な細菌学検査法の一つです。この検査法に限らずすべての研究に関しては, できるだけ自分で文献を探し, 熟読した上で実施にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。そしてそれらの研究成果を皆さんに紹介してください。最後に言うまでもないことですが, 学生ですので指導教官を一番の頼りにしてください。 

(大手前病院・山中喜代治)
【質問者からのお礼】
 御回答ありがとうございました。質問が不十分であったにも関わらず, 懇切丁寧に回答していただいたこと, とても嬉しく思います。自分がいかに勉強不足のまま実験に取る組んでいたかを痛感いたしました。これからは文献読解にも力を入れて頑張ろうと思います。ありがとうございました。
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