03/06/03
■ グラム染色, B & M法の染色機序について
【質問】
 こんにちは。五月晴れの心地良い今日この頃です。私は大学4回生です。
 現在私は微生物学研究室に所属しており, グラム染色について研究しています。今回先生に質問させて頂きたいと思いましたのは, グラム染色についてなのですが, その中でもB&Mの方法について教えて頂きたいです。新しい染色法ということであまり資料などがないので, 是非先生に教えて頂きたいです。ハッカー (Hucker) の変法は, クリスタルバイオレットとルゴールによって細胞内部にアルコールには可溶で水に不溶の複合体が形成され, グラム陽性菌の細胞壁はアルコールが浸透しにくいので, アルコールで脱色する過程においてこの複合体は細胞内部にとどまり青色のままとなりますが, グラム陰性菌はアルコールにより細胞膜に外膜が取り除かれるので, 細胞壁の透過性が上がって複合体は取り除かれ, 後染色によりピンク色に染色されるという両者の細胞壁の性質の違いによる染色機序だと思うのですが, B&Mの方法の場合は一体どういった染色機序なのでしょうか???

 クリスタルバイオレットの後に, 数滴滴下する炭酸水素ナトリウムは何のためなのでしょうか??? 一緒に調合しては駄目でしょうか??? それはなぜでしょうか??? また, 炭酸水素ナトリウムではなく, 炭酸ナトリウムや炭酸水素カルシウムではどうなのでしょうか??? もし駄目なら, 炭酸水素ナトリウムである重要性などを教えていただけると大変嬉しいです。

私は現在, 日常業務に追われている病院検査室において染色だけに時間を掛けてしまうのは効率が悪いと考え, 微生物検査のための染色をより迅速化できないか??? という研究を行っています。ですので, 一つ一つの染色時間がより短くなったり, 手技ステップがより少なくなったり, 極端な話, 一秒で染色を済ませることができる様になればいいなと思っております。大変お忙しい所申し訳ないのですが, こういった私の疑問に答えて下されば本当嬉しいです。宜しくお願いします。それでは, 失礼します。

【回答】
 最後に書かれている研究目的に関する部分から先に感想を述べますと, 貴方のおっしゃるとおりだと思いますし, 私も全面的に同意します。繁雑な検査室の業務が迅速になることを願っている一人です。

 さて細菌細胞の特質と色素との吸着性および化学的親和性に基づく染色理論には概ね次の4つが説得力のある解釈ではないでしょうか。

(1) 物理的説: 菌体の多くの隙間から色素が侵入し, 染色液の冷却などにより隙間がふさがり, 色素の定着が完了し, 染色される。

(2) 化学的説: 細菌蛋白質の酸性部分には塩基性色素が, また塩基性部分には酸性色素がよく結合することから染色が成立する。

(3) 固溶説: 2種類の溶媒が相接する場合, 色素は溶解力の大きい方に移ることから, 色素溶液を工夫し, 細菌細胞に接触させたとき, 色素が菌体に移溶され, 染色される。

(4) コロイド説: 細菌細胞はコロイド質であり, この菌体ゲル状の表面にゾル状色素液が移行し, 吸着されてゲル中に拡散し, 染色される。

 次にヨウ素の作用と脱色の連携ですが, Burke (1921年) は色素とヨウ素の沈澱物がグラム陽性菌で細胞膜を透過せず, 陰性菌で透過すると報告し, Kaplan (1933年) は, グラム陽性菌, 陰性菌にかかわらず, 色素とヨウ素の沈澱物が形成され, 陰性菌の複合物は部分的に分離されると述べています。またDavis (1983年) は, 電子顕微鏡を用いた検出により, 細胞表層の構造上の相違がグラム染色性として現れることをつきとめ, 一次染色液とヨウ素との複合体 (沈澱物) の分子量の違いが染色性を決定することを報告しています。そこで, 染色液により目的とする構造をうまく染め上げ, 他の物質が染色されないか, または何らかの方法で除外されやすいよう, まず過染色しておき, 次に分別のための薬剤 (脱色剤) を作用させる訳です。脱色液としては, 過度の溶性または不溶性にならないことが大切であり, 脱色力が強いメチルアルコールや, 弱いアミルアルコールなどがあげられます。Bartholomewは脱色力の速いのがメチルアルコール, 適当なのがエチルアルコールとプロピルアルコール, 遅いのがブチルアルコールとアミルアルコールであることを報告しており, 検体の種類に応じてこれらを選択するよう述べています。

 次に染色の増強ですが, 色素と直接結びつくものではなく, 菌体と色素の結びつきを早めることが目的で利用します。物理的操作としては抗酸性染色で用いられる加熱があり, 増強剤としては酢酸, 蓚酸, 石炭酸, 炭酸水素ナトリウム, アニリンなどが知られています。炭酸ナトリウムや炭酸水素カルシウムでの評価成績は見当たりませんので, 是非試してください。これら増強剤は, 次のヨウ素との複合体形成で重要な役割を担っており, Kopeloff-Beerman変法 (1922年) でも炭酸水素ナトリウムをゲンチアナバイオレットやクリスタルバイオレットと併用しています。私達が推奨していますB&M法も他のグラム染色法と同様の染色機序であり, 最も安定したクリスタルバイオレットを1次染色液に採用し, 増強剤として炭酸水素ナトリウムを併用しています。この炭酸水素ナトリウムは多くの増強剤の中から最も理想的な物質として選択していますが, NaHCO3は長期保管や激しい混和でNa2CO3となり増強作用が失われる場合があり, 事前に混和すると約1週間程度が限度であります。この増強剤の代わりにクリスタルバイオレットの濃度と溶解液 (緩衝液) を工夫することで良好な染色像が得られる場合もあり, 私達は炭酸水素ナトリウムを利用しない改良法neo-B&M (和光純薬) を紹介しています。また, 日常のグラム染色検査を楽にするための自動機器も市販されておりますので, 機会がありましたら試してみてください。

人が想像できることや思いついたことは必ずいつかは実現するそうです。1秒でできるグラム染色の実現を期待します。

(大手前病院・山中喜代治)

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