■“Kakabekia umbellata”とは一体, なに??? | |
【質問】
はじめまして。私は翻訳家をしています。現在, 「生物の進化・種の絶滅」をテーマにしたTVドキュメンタリーの翻訳をしています。その中の関することで, 専門家の先生にお聞きしたいことがありまして, メールいたしました。 番組中, 「kakabekia」という20億年前に絶滅したバクテリアが出てきます。傘のような形をしていて, 酸素が原因で絶滅したとあります。 (1) 「kakabekia」は日本語で何と言えばいいでしょうか? 原音では「カッカバキア」と聞こえますが, 調べたところ(アメリカのホームページで)カナダのカカベカ滝で発見されたそうで, 「カカベキア」とすべきでしょうか? (2) いつ化石が発見されたのでしょうか? (3) 原文には, 「近年, これに似た生物が, ウェールズの城のトイレで見つかった」との記述があるのですが, これについて何かご存じですか? 原文はこの後, 「トイレと, 20億年前の地球の環境が似ていたのだろう」と続いてます。 勝手な質問で申し訳ありません。あちこちホームページを探したのですが, 日本語のホームページではこれに関する記述は, 一つも見られず, 思い切って, こちらにメールいたしました。どうぞ, よろしくお願いいたします。 【回答】
周囲の水中の原始有機物を吸収して生活した生物群は, 一般に原始生物と呼称されますが, その吸収という栄養法から見て, これは原始原核菌類ということが出来ます。それらの中では, 直ぐに利用可能な原始有機物の減少に伴い, 生き延びようとする種々の試みが行われたと考えられています。つまり, 栄養法に関わる生化学的進化が行われたが, その基礎には吸収という機能を維持していました。それらの生化学的進化の跡は現在の原核菌類の各種栄養法の中に留められております。 そのような進化の末に, 光のエネルギ−を利用して酸素発生型光合成 (植物型光合成) を行うものが出現しました。これが原始藍藻類 (原核植物) です。海水中の無酸素状態 (嫌気的環境下) で発生し, それまでは酸素なしで生きてきた原始原核菌類の中には, 生化学的仕組みを発展させて, 新しく出現した酸素を呼吸して多量のエネルギ−を獲得するもの (好気性原核菌) が出現してきました。 それでは, 冒頭に述べましたが, 地球上に現存する生物の起源が地球上にあったという確たる証拠はないのですが, それにも拘わらず, 地球が形成されてから10億年ほどの間に生命が発生したと考えるのが定説になっています。このことは, 微化石が生物の祖先とされるからなのです。そうではなくて地球以外で発生したものが地球に植民したとしても, その生命が宇宙のどこかで発生したことを考えると, これまた大変なことで, 地球上で発生したと仮定して議論するのが適当と考えるのが都合が良いからなのでしょう。 地球で発生したと考える場合にも, ただ1回のみか, 何度も発生したのかは議論の余地があることと考えます。最初に出現したものは他の生物がいない時代ですので生き延びることが出来たのですが, 他の生物が多数存在するようになると, 食べられてしまうことも考えられます。そうだとすれば, 現在でも地球上のどこかで原始的な生命が産声を挙げようとしているのかも知れません。 生命の起源を論ずる場合には, 一般的に化学進化が出発点になっています。生物の構成要素に成り得る簡単な有機化合物が無機物質から合成され,
それが重合して高分子となり, 高分子が集まったものの中に生命現象と呼べるようなものが出現するというものです。ここで,
物質の中に生命と呼称できるものが出現したか否かの判断には, 生命の定義が欲しいですね。
いろいろと考えられていますが, 現実には充分に時間をかけて観察すれば生きているかどうか,
判らないことはないと思います。しかしここでも, ほんの数秒で足りる場合も,
一方では数千万年もの観察が必要な場合もあるかも知れません。
ご質問の中にあるように, カナダのオンタリオ湖で最初に発見された微化石は, その後世界各地で発見され, 多数の研究者が研究しています。ただ, 形態は極めて単純で, しかも成分は完全に鉱物で置換されていますので生物由来のものであるか否についての確証は全くないのです。つまりは, 現代に生きる我々ヒトが, それらを太古の昔の生命の起源に仕立てているだけかも知れないのです。 さて, 最初のご質問の「Kakabekia」は日本語で何と発音すべきということですが, 原音に近い「カカバキア」でも, また「カカベキア」でもどちらでも良いと思います。「Kakabekia」は, ご質問にある通り, カナダのカカベカ滝(Kaka Beka Waterfall)で発見されたもので, 同時期に発見されたものに, 鉄やマグネシウムを還元する「Eoastrion」 ( = "dawn star")、直径が30ミクロン程もあるほぼ球形の「Eosphaera」, また恐らくは原始藍藻類 (原核植物) に分類すべき何も知れないと考えられる 「Animikiea」 などがありますが, 中でも「Kakabekia」は, コウモリ傘を広げたような形状を示すなど, 最も奇妙な形態をしており, 生命体なのか, またそうだとすればバクテリアに分類すべきなのかを含めて, その分類すべき範疇が“an organism or uncertain affinity ”とされているものです。 それでは, 第二番目のご質問の「これらの化石がいつごろに発見されたのか?」ですが,
下記の論文 (1) から判断して, 1960年代に入ってからのことだと考えます。
第三番目のご質問の, 「近年, これに似た生物が, ウェールズの城のトイレで見つかったとの記述があるのですが, これについて何かご存じですか?」「原文はこの後, トイレと, 20億年前の地球の環境が似ていたのだろう, と続いてます。」ということですが, 残念ながら直接的にこのご質問にお応えできるものを持ち合わせていないことをお詫び申し上げます。ただ, 考えられることは, 太古の昔に, 最初の生命が誕生した当時の地球環境には酸素はほとんどない, 言わば無酸素状態であったことは推定されています。その後に, 酸素が地球環境に充足してきて, というプロセスを経て, 地球上には現在の生命の反映がもたらされてきているのですが, 「Kakabekia」がもし生命体だったとしたら, 無酸素環境=嫌気状態が「Kakabekia」にとって最も適した棲息環境だった可能性は容易に考えられます。とすれば, 日常の身の回りを, 見渡した時にこれらの環境はトイレにそのまま存在することは明らかでしょう。つまり, トイレは糞便が蓄積される場所です。ヒトの腸管内は高度の嫌気状態で, 排泄される糞便の過半数はバクテリアであり, その90% 以上は (偏性) 嫌気性菌であることはよく知られている事実です。つまり, トイレは嫌気性菌の宝庫で糞便の山の中は, (高度なまたは適度な) 嫌気状態であることは容易に想像がつきます。「Kakabekia」はこの環境下が棲息に適していたと考えれば説明付けが出来るのではないでしょうか。 空気 (大気) 中に遊離の酸素が充満してきた20億年位前から「Kakabekia」の居心地が急速に悪化して遂には絶滅したと考えて見ましたが如何でしょうか。効率的なエネルギ−の獲得が可能な有酸素呼吸を行う生命体のほとんどは, 酸素の活用により発生し自身に有害に作用する種々の過酸化物などを無毒化するための酵素系 (カタラ−ゼやSOD) を発達させてきましたが, 「Kakabekia」には具備されていなかったために酸素に富む地球環境での棲息が出来なくなったと考えられないでしょうか。 以上, 余計なことも含めて私がお応え可能な事項について記してみました。地球上の生物体内の化学反応に対する知識が不十分だった時代には可能性があるかも知れないと思われた仮説も, 現代の生物学の知識に照らして生き残れるものは一つもなくなってしまっています。さらに, 物質の中に生物の自己増殖性が現れるということの物質的な基礎がますます判らなくなってきています。それでも生物が発生したことは事実ですし, この点については地球上の生命の中にその原理が見つかる可能性はあるはずですので, 一層の研究の進展が期待されるところでしょう。私たちにとって, 物質界の中で生命の可能性を探すときに, 地球上の生命と材料や構成が異なるものが存在する可能性があるかどうかも知りたいところです。地球以外で生物を発見できれば, きっと何かの手掛かりになるのでしょう。 最後に、ご質問の「Kakabekia umbellata」を理解するうえで有益な情報源になるかも知れないサイト
(下記) を検索しました。「Kakabekia umbellata」も図示されていますし, 一度アクセスしてみていただければ幸いです。
また, 地球上に最初の生命が出現したのはこれまで35億年前とされてきましたが, 1996年11月7日号の「Nature」誌に38億年前の生命の起源を示唆する痕跡を発見したとする論文が掲載され, 現在では地球上の生命誕生は一気に3億年も溯ることになっております。 以上, ご質問に直接的に回答していないかも知れませんが, ご容赦のほどをお願い申し上げます。 (信州大学・川上 由行)
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