02/06/28
■ 細菌の継代培養で菌株は変化しますか???
【質問】
 初めて質問させていただきます。私は微生物を実験で多少扱っている大学院生です。基本的なことですが, 細菌の継代培養について教えていただきたく思います。
 細菌は一般に寒天斜面培地にて, ある期間毎に継代培養しながら菌を保管する方法がよくとられています。私もそれにならい継代培養をしているわけですが, 培地の栄養要求条件が厳しいなどの弱い細菌は斜面培地においてもそれほど長く保持できず, 比較的短い期間毎に (4℃で10日前後) また新しい培地に継代するという操作を繰り返しています。そこで, 継代培養を何回も重ねた後の菌株は最初の菌株と同じであると考えてよいものなのでしょうか。病原性が失われたりすることはあり得るのでしょうか。また, 一般に継代は何回まで行ってよいものなのでしょうか。なお現在の斜面培地にはBHI (ブレインハートインフュージョン) 寒天培地を使用しています。
以上です。宜しくお願いします。

【回答】
 パスツール研究所のCalmette et Guerinはウシ結核菌 (Mycobacterium bovis) を5%グリセリン加ジャガイモ培地で3週間に1回継代し, これを13年間で230代繰り返しました。その結果, 無毒化された菌株が得られ, Bacille de Calmette Guerin (BCG) が誕生した訳です。このようにかなりの年数の継代でないと変異(この場合は無毒化を目的としたわけであるが) しない株もあり, 菌種, 菌株, 継代条件 (培地, 温度, 時間など) により, いつどんな変異が起きるか予想しにくいのが事実であります。
 さて, お尋ねの継代培養による細菌の保存法ですが, 何の目的で, どんな菌種を継代しているかが記載されていませんので, ここでは一般的な変異と保存法について概説したいと思います。

1. 変異について
 菌株とは1匹の細胞から分化し, 原則として親細胞と同じ遺伝形質を備えた子孫の集団であり, これを保存した状態を言います。ゆえに細菌細胞は常に安定した状態でその性質を維持し子孫に伝えていくわけですが, 何らかの障害や環境変化が周囲で起きると遺伝子に変化が生じることになり, これを「変異」と呼んでいます。この遺伝的変異には, 継代中に形態特徴, 生化学性状, 免疫学的性状が自然に変化する自然突然変異と, 紫外線や薬剤の作用により変異が発現する誘導突然変異があります。主な変異としては (1) 集落型変異 (集落解離とも言うS型からR型に変化する変異であり, 正円形, 均等, 湿潤な集落が継代を繰り返すうちに辺縁が不正で粗状, 乾燥した集落に変わるもの), (2) 細胞形態変異 (鞭毛をもった細胞が無鞭毛細胞に変わるH-O変異), (3) 抗原構造変異(菌体抗原, 鞭毛抗原, 莢膜抗原などの抗原構造自体が変化するもの), (4) 病原性変異 (主に毒性変化であり, 外毒素産生性の変化), (5) 抵抗性変異 (バクテリオファージ, 消毒薬, 抗生剤などの作用に対する耐性の出現) などが挙げられます。

2. 継代による保存
 ブドウ球菌, 大腸菌などの腸内細菌, 緑膿菌などの非発酵グラム陰性桿菌の多くは少量の栄養源の中で長期に生存できることから, ハートインフュージョン寒天, チョコレート寒天, ドルセット卵培地などの斜面培地またはチョコレート半流動培地, カジトン半流動培地が用いられ, 数年の生育が可能と言われております。また, ビブリオ属菌は2〜3%に食塩を加えたハートインフュージョン寒天斜面またはカジトン半流動培地で, そして生育に血液成分が必要なレンサ球菌, ヘモフィルス, ナイセリアについてはチョコレート寒天斜面またはチョコレート半流動で1ヶ月〜数ヶ月 (菌株によって異なる) 間の生育が確認されております。ただし, いずれの培地を用いたとしても, 菌種, 菌株によって生存期間に差がありますので事前調査が大切です。この中のカジトン半流動培地 (カジトン 10 g, イーストエキス 3 g, 食塩 3 g, 精製水1,000 ml) は, 密栓試験管の直立培地として広く利用されており, 市販品としてはポアメディアカジトン培地 (栄研化学) があります。この培地は, 菌株を穿刺培養し, 発育を確認した後, しっかり密栓し, 冷暗所 (4℃〜室温) で保管します。ただし, ビブリオ属菌など, 冷蔵で死滅しやすい菌種もありますので注意が必要です。保存からの継代は, 直接新しい培地に植え継ぐのではなく, 一旦平板培地で独立集落を作り, 純培養であることを確認したのち, 釣菌接種することが大切です。この時かなりの死滅菌が予想されますので, 適当な液体培地少量を保存培地に注ぎ, 増菌培養後, 平板培地に移植する操作も行われます。

3. 凍結による保存
 長期保存が目的であり, 変異が少ない方法です。
(1) 培地凍結法: 抗酸菌保存に良く利用され, 菌発育の斜面・液体培地をそのまま−20〜−80℃で凍結します。1〜3年間の保存が可能です。
(2) スキムミルク法: 10〜20%スキムミルク水溶液に濃厚菌を懸濁し, これを細い小チューブに収め, 瞬間凍結 (−20〜−80℃) します。低温であればあるほど良好であり, 数年間以上の保存が可能です。
(3) 液体窒素法: 10%グリセロール加保存培地に濃厚菌を懸濁し, これを専用アンプルに収め, 液体窒素タンク (−150〜−196℃) で保管します。最も死滅が少ない方法であり, 10年間以上の保存が可能です。
(4) 凍結乾燥法: 濃厚菌液を分散媒に混ぜ, 凍結乾燥機でアンプルが真空状態になるよう処理した後, 4〜25℃で保存します。10年間以上の保存が可能です。
(5) ゼラチンディスク法: ゼラチン含有液体培地で濃厚菌液を作り, これをパラフィン濾紙に滴下し, 真空乾燥後, 乾いたゼラチンディスクを密栓容器に収め4℃で保存します。1〜数年間の保存が可能です。

4. 保存法の長所と欠点
 継代培養法は操作が手軽で, 特別な装置を必要としないことから, 費用も安価ですむ利点がありますが, 長期保存が不可能であり, 菌種・菌株によっては死滅しやすい欠点があります。これに対し凍結法は長期保存が可能であり, フリーザーさえあれば操作も比較的簡単ですが, 温度差 (−20℃では菌種によって死滅しやすい) の問題や停電時の注意が必要です。また凍結乾燥法については長期室温保存のため保管場所が要らず, 便利ですが, 特殊装置が必要であり, 乾燥に手間がかかる欠点があります。これ以外に病原因子や菌株性状が失われにくく, 人工培地に発育しにくい細菌の保存を目的とした, マウスなどの動物を利用する方法もありますが, 特別な施設・設備とかなりの手間がかかります。

5. 保存時の注意
いずれの方法においても (1) 保存菌株が純培養であること, (2) 他の培養物と区別するための表示 (菌株番号など) をつけること, (3) 菌株由来 (分離年月日, 分離材料名, 菌株性状, 菌種名などの情報) を記録保管すること, (4) できるだけ1株複数方法の保存が望ましいこと, (5) できるだけ1株複数本以上の容器に分配し, 利用時は使い捨てにすること, などが大切です。

 最後に, 貴方が継代している菌株が何の実験に用いられているかわかりませんが, その使用目的の菌株性状が安定しているか, 失われるかについての実験を貴方自身でやられたらいかがでしょうか。さらに, せっかく専門の大学院におられるのですから, 指導教官からのアドバイスをいただき, 自分で資料を収集し, 分析することも大切でしょう。

(大手前病院・山中喜代治)

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