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【質問】質問します。私は大阪府内で開業する59歳の一歯科医です。つい数年前,
ある困難な症例に遭遇し, それを解決する過程で微生物学, 特に嫌気性菌とバイオフィルムに強く興味を持つようになりました。いろいろ調べている内に同じ細菌名でも著者によっての好気性,
嫌気性の分類が異なる場合があることに気づきました。無芽胞グラム陽性桿菌に属する次の属の細菌種です。Propionibacterium,
Bifidoba citerium, Lactobacillus, Actinomyces, Eubacteriumです。
1) 以上の細菌をすべて嫌気性菌に分類してある教科書があります。
2) しかし別の論文では, これらの中でメトロニダゾールに感受性のあるEubacterium以外はすべて,
空気寛容で10%の炭酸ガス培養で発育するため好気性であると述べています。
3) ある著者 (歯学関係の細菌学者) は, 上記の細菌種の中でLactobacillusのみを好気性菌に分類しています。
4) 別の著者 (歯学関係の細菌学者) はActinomycesには好気性と嫌気性の両種があると述べています。この人もLactobacillusは好気性としています。
その他, 戸田細菌学では無酸素の状態で発育し, 酸素があっても死滅しないが,
利用もできずに発酵を行う菌を酸素耐性嫌気性菌といい, 大部分の乳酸発酵菌がこれに属する。これらの細菌は通性嫌気性菌に分類するとあります。これらのグラム陽性桿菌の分類はどのようになっているのでしょうか?ご教示いただければ幸いです。
【回答】質問にお答えします。
基礎細菌学 (特に分類学) 的立場から述べると, Eubacterium以外の属はすべて,
属により差がありますが, 炭酸ガス濃度が高ければ, 酸素の濃度にはあまり関係なく発育してきます。結論からいうと,
これらの3属に含まれる細菌は, 酸素分圧よりも炭酸ガス分圧に影響される細菌と言えます。現在の嫌気性菌,
好気性菌などの分類は, 極めて実技的に行われています。適当な培地に菌を植えて,
嫌気培養, 微好気性培養, , 炭酸ガス培養, 好気培養などと呼ばれる異なる4つのガス環境下の全てあるいは2つの環境
(嫌気性培養と好気培養, あるいは嫌気性培養と炭酸ガス培養のどちらかを選ぶ人が多い)
で培養し, 発育の仕方で判定しています。用いる培地の種類, 詳細なガス環境,
培養時間の長短で成績が微妙に変わってくるのです。さて, Propionibacterium,
Bifidobacteriumは, これらの菌の発育を支持するに充分な栄養を含む培地を用いれば,
酸素が12%前後存在していても, 炭酸ガスが5〜10%存在する環境 (ロウソク培養の環境に類似)
であれば発育してきます。しかし大気中 (炭酸ガス0.1%以下) におかれたふ卵器では発育してこないのがふつうです。Actinomycesには,
A. myeriのように酸素のない環境でしか発育できない菌種も例外的にありますが,
大部分はPropionibacteriumやBifidobacteriumと同じ発育態度をとります。しかし,
Propionibacterium, Bifidobacterium, Actinomycesの3属の細菌は, いずれも嫌気性培養
(酸素0%, 炭酸ガス10%) での発育が最も優れています。Lactobacillusも, この菌の発育を支持するに充分な栄養を含む培地を用いれば,
嫌気性培養での発育は極めて良好です。そして, 炭酸ガスが5〜10%存在する環境
(ロウソク培養の環境に類似) でも発育します。さらに, 大気中 (炭酸ガス0.1%以下)
におかれたふ卵器でも充分発育してきます。これがPropionibacterium, Bifidobacterium,
Actinomycesと違うところです。そして最後のEubacteriumは, 炭酸ガスが5〜10%存在する環境
(ロウソク培養の環境に類似), 大気中 (炭酸ガス0.1%以下) におかれたふ卵器では絶対に発育しない細菌です。偏性嫌気性菌です。なぜこのような混乱があるかを説明するためには,
医学細菌学 (臨床細菌学) で日常的に行われている検査法を説明 (理解) する必要があります。まず,
通常病原菌を検出するために検査室で使用されるふつうの培地は, 血液寒天培地
(ふ卵器かロウソク培養) とチョコレート寒天培地 (ロウソク培養) です。そして,
培養時間は通常24時間で, 長くても2日です。このような培地の栄養と培養時間を考えるとPropionbacterium,
Bifidobacterium, Actinomyces (3日以上の培養をしないと充分な増殖をしないものがある),
そしてLactobacillus はほとんど発育しないといって過言ではありません。従って,
これらの細菌の存在を知ることができるのは, 必然的に, 嫌気性菌用の血液寒天培地
(栄養豊富な培地) を用いて嫌気性培養を行っている人ということになります。臨床検査の分野では,
これらの菌を扱う機会が多いのは嫌気性培養をする人であり, 嫌気性培養をしない人には見る機会が少ないということになります。従って,
これらは嫌気性培養からよく確認できるということで, あえて嫌気性菌の仲間として扱う慣習があるのです。できれば細菌学的な定義にあわせることが望ましいのですが。例えば,
Actinomycesを用いてかなり専門的な基礎的な研究をしている人が, 臨床検査のデータをみて,
嫌気性菌に分類されているが, これは酸素があっても発育する菌ではないかと発言する人を学会などでもみかけます。
最後に, メトロニダゾールは, 偏性嫌気性菌とそれ以外の細菌を区別するのに簡便な方法として使用されています。しかし偏性嫌気性菌の一部にメトロニダゾール耐性菌が出現しているので注意が必要です。(偏性)
嫌気性菌, 通性菌, 微好気性菌, (偏性) 好気性菌の定義をもっと科学的なものにできれば,
このような混乱はなくなるのですが, 遺伝子分野の研究成果に期待しているところです。
(岐阜大学・渡邉邦友)
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