04/02/13
04/02/18
■ 菌糸のようなものをもつグラム陽性球菌???
【質問】
 突然のメールで失礼致します。いつもこのサイトを拝見させていただき, 懇切丁寧なご回答に感服しております。私は無菌製品を製造する現場で品質管理を担当しております。クラス1000環境の拭き取り試験において, 奇妙な菌を検出しました。過去に経験のない種類で, 得体が知れず, 先生方にご教授願いたいと思い, 投稿させていただきました。宜しくお願い致します。

 条件としては, 一般的なディスポスワブキットを使用し, 標準カンテン平板混釈で37℃, 5日間培養しました。コロニーは直径1.5 mmで, 山型に盛り上がっていました。コロニーの縁はギザギザで, 表面はざらついた感じ。寒天への侵襲が若干みられました。色は全体にオレンジ色ですが, 中心部は黒色を呈しました。B & M山中変法にてグラム染色を施した写真を添付いたします。倍率は×1,000です。ポラロイド写真をスキャナで取り込んだものですが, 解像度が悪く, 細部の判別がつきにくいやも知れません。直径 0.7ミクロンほどの, グラム陽性球菌から菌糸様のものが伸長しています。菌糸様のものには, 枝分かれもみられました。どのような種類の菌なのでしょうか。またこの菌を同定することは市販のキットなどで可能でしょうか。ご教授宜しくお願い致します。

【回答】
 グラム染色鏡検所見だけで多くの微生物を推定することは可能であり, 特に臨床検査ではこれが迅速診断, 迅速治療につながり, 患者様の一命を取り留めることもしばしばです。また, 分離菌株の同定の第1段階には必ずグラム染色が用いられ, その鏡検所見は最終同定を左右するといっても過言ではありません。しかし, これらの場合の多くは, それまでの経験と知識の集積によって判断されることから, 染色技術に加え, 多数の症例から学ぶ個人の豊富な鏡検知識が功を奏しています。ゆえに, 広い範囲の微生物の推定は到底不可能であり, 稀にしか分離されない微生物種を鏡検だけで判断することは至難の業です。ましてや環境から検出される微生物は多種多様であり, 遺伝子解析でも特定できない場合も少なくありません。今回ご質問の内容も, 環境分離株のグラム染色写真ということから, 確かな回答はできませんが, 考えられる範囲でお答えいたします。

 記載されている分離菌株の性状 (オレンジ色, ラフ型, 辺縁不均等, 寒天への侵襲など) からコロニーを想像した上で, グラム染色のフィラメント状菌体を見ると, “放線菌”が予測されます。中でもNocardiaの可能性が大だと思います。Nocardia属には現在47菌種が登録 (International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology: IJSEM)されていますが, 環境から分離される株がすべて含まれているとは思えません。Nocardiaの多くはグラム陽性の多形性で, 主に細胞内に40_60の炭素側鎖をもつミコール酸のような特殊脂質があり, やや弱い染色性であることからきれぎれに染まるとされ, 条件によって抗酸性に染まります。また以前はNocardioformsという言葉が提案 (Prauser, 1967) され, 菌糸 (mycelium) が桿菌または球菌状(rodshaped または coccoid element) に断裂する微生物の一群として扱われていました。ですから, 培地の種類 (サブローブドウ糖寒天, ハートインヒュージョン寒天, Lowenstein-Jensen培地, 血液寒天培地など), 培養条件 (温度, 湿度, ガス濃度, 培養時間など) によって形態が変化し, その都度鏡検で異なって観察されるものと思われます。できれば, 純粋培養をした上で各種の性状 (できれば遺伝子検査も) を確かめてみてはいかがでしょうか。

(大手前病院・山中 喜代治)
【質問者からのお礼】
 放線菌の類とのことでしたので, Digital Atlas of Actinomyceteshttp://www.nih.go.jp/saj/Atlas/index.htm ]モで調査したところ, 菌の形状としてはMicromonospora属やSaccharomonospora属に似ているのではないかと感じました。遺伝子検査は現有の設備ではできませんが, 今後, 生化学的性状試験などを実施し, 菌の特徴を把握したいと考えています。ご教授いただいたことで, 調査の糸口を見つけることができました。お手数をお掛けして真に申し訳ありませんでした。勉強になりました。
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