03/04/02
■抗酸菌の塗抹陽性・培養陰性は“医療事故”!!??
【質問】 
 中小病院に勤務する検査技師ですが, 抗酸菌の塗抹陽性・培養陰性に遭遇し, 苦しい立場におかれています。先ず私達が経験した抗酸菌の塗抹陽性・培養陰性の概略を述べさせて戴きます。 

 昨年初め, 当検査室に外来患者の喀痰の抗酸菌検査が提出され, 塗抹検査 (チール・ネルゼン法) で菌を認め, 陽性 (集菌法にてガフキー2号) の報告をしました。しかし同時に行った小川培地による培養ではコロニーは認められず, PCR法も陰性でした。当検査室で塗抹陽性の報告をした翌日, 患者は当院の紹介で専門病院に入院され, そこで3回喀痰の検査をされましたが, 塗抹・培養・PCR法すべて陰性で, 約一ケ月程で問題ないとのことで退院されました。 

 先にも述べましたように, 当院での培養は12週目まで行い, 陰性でしたが, 8週目頃, 細菌担当者が小川培地の表面が少しザラザラしているように感じ, その一部を擦過して標本を作製したところ, 抗酸菌を認め, 早速他施設で確認をしていただいた後, このことを先生方に報告しました。この時点で私達検査室に鏡検のミスはなかったと考えておりました。 

 ところがこの後, この件に関して院内に“事故調査委員会”が設けられ, そこで“今回の例では鏡検の誤りであった可能性が最も高いと考える。今後, この様な「誤り」を繰り返さない為には, 喀痰塗抹標本にて結核菌または抗酸菌が疑わしい細菌が見られた場合, 細菌の専門家にチェックしてもらえる様な体制が確立されることが望ましいと考える。”との考察が出され, この文章が職員食堂の前に貼り出されてしまいました。 

 そこで私達は直ちに培地表面からの擦過標本を数枚作り, 市内の細菌担当の技師の方々や○×センター, そして当医局長の知り合いの大学の先生にも鏡検をお願いし, 抗酸菌に間違いないとの報告をいただいた後, この件について再度調査をして下さるように病院側に文章でお願いしましたが, 相手にもしてもらえません。また事故調査委員会の文章が貼り出されたことで, 私達が鏡検ミスをしたと皆に思われ, 抗酸菌を認めても外部の方の確認をお願いしなければならず, 苦しい毎日が続いています。 

 概略を簡単に述べてみましたが, 特に次の2点について教えて戴きたいと思います。なおその際, 関係する文献や書籍などがありましたら, 紹介していただければ幸いです。 

(1) 培地表面の擦過標本から抗酸菌が検出されたことをどのように解釈すればいいのでしょうか。抗酸菌は環境が発育に適さない場合でも増殖することなく半年位はそのままの状態で生き続けるとの話を周囲の技師の方から聞きました。また“抗酸菌はたとえ死んでもその形態と染色性はかなり長期間保持される”と文献で読みました。このことからも培養2〜3ヶ月の培地表面から抗酸菌が検出されても不思議なことではないと考えております。それどころか患者の喀痰の中に抗酸菌がいたことを充分に証明できるのではないかと考えています。(今回の件で塗抹陽性と報告した標本を処分してしまったことは, 私達の唯一の大きなミスだったと悔やんでいます) 

(2) 一度だけ排菌して, その後排菌しないことがあるのでしょうか。残念ながらこの件についてはあまり知識がありません。しかし事故調査委員会の委員長から“紹介先の病院で菌が検出されていないではないか”と言われ, 困っています。 
以上, どうぞ宜しくお願いします。 

【回答】 
 抗酸菌の塗沫陽性・培養陰性に遭遇された例が「事故調査委員会」まで設けられ「鏡検の結果について誤りであった可能性が最も強い」と結論づけられ, 文書にされて, 職員に公表されたとのこと・・・検査を担当された臨床検査技師にとっては心中穏やかでないものがあろうかと思います。事故調査委員会での経過内容が十分に理解できていませんが, どのようなメンバーで構成し, その中に臨床微生物検査や感染症の専門家が入っておられたのでしょうか??? 事故調査委員会を設置して, このことは患者様へ説明されたのでしょうか??? ただ責任転嫁のために検査室を名指しにしたのでしょうか??? 本来なら医療の質を高めるために病院としての体制づくりに取り組むべきです。多くのことを外部にという発想は, 責任転嫁以外の何物でもないと思われます。検査を任されている臨床検査技師としても, 科学的な証明を基本にした問題解決と日頃からの臨床や多くの医療スタッフとの密な連携がこれからの医療には大切と考えます。正しい診断・治療が実施されないときは患者様が一番被害を受けるわけですから。臨床的な診断はどうでしたか??? 胸部レ線像やツベルクリン反応, 炎症所見の臨床検査成績 (CRP, 赤沈, 白血球数, 白血球分類など) には異常がなかったのでしょうか??? おそらくなんらかの異常を認めたから, 抗酸菌検査が依頼されたでしょうから, 治療はどのような薬剤を使用しているのでしょうか??? そのあたりも十分調査することが, 今後の資料としても必要です。臨床検査技師としての質を問われる時代になってきたことであり, 的確な対応と知識と技能の研鑽が望まれます。 

 (1) の培地表面の擦過標本から抗酸菌が検出とありますが, これをさらに純培養されたのでしょうか??? 他の培地 (血液寒天培地や普通寒天培地など) での発育を確認されたでしょうか??? 小川培地では発育不良な一般細菌もあります。塗沫標本の破棄は, まさかこのような事態になるとは予想もしていないために起こったことであり, 今後は陽性例については期間を決め保存することで対応されれば良いのではと思います。集菌塗沫法で実施する場合, 処理液により死滅する非定型抗酸菌 (例えばM. chelonei)もあり, 塗沫陽性・培養陰性になり注意が必要です。 

 (2) の排菌については, 治療薬や病巣部位により差が生ずるものと思われますので「紹介先の病院で菌が検出されていない」を証拠として言われてもそれは困ると思います。生体は常に変化しているのですから, 科学的な証明に努める必要があります。参考文献としては, 臨床と微生物Vol. 28 No. 3 2001(近代出版)に「最近の抗酸菌検査」を特集し, 塗沫検査から抗酸菌検査結果をどう解釈するかまで掲載されています。また「塗沫陽性・培養陰性」については, 「臨床検査Q&A」小酒井望監修, p 137〜138 (宇宙堂八木書店, 東京), 昭和58年 (1983) があります。 

(愛媛大学・村瀬光春)

【回答への追記】 
 質問の内容にはふたつの大きな問題を含んでいるように思います。 
ひとつは, 抗酸菌染色で「陽性」を報告した後, PCR法, 培養法, いずれも「陰性」 (他施設での検査を含む) であった事例が果たして「医療事故」なのかという点です・・・詳細は分かりませんが, 説明された経過からすると「医療事故」には到底該当しないと考えます。微生物検査では, 「陽性」は常に重い意味をもちます。いろいろな場所で, いろいろな方法ですべて「陰性」であっても, ある場所で, ある方法で1回でも「陽性」になったら, まずその検体 (患者) は「陽性」であると想定し, 次いで, 何故, 他の施設, 他の方法では「陰性」になったのか, “偽陰性”の原因を追求するのが常識です・・・単に検体に含まれる抗酸菌の濃度が低かったり, 抗酸菌が不均一に含まれていれば, 陰性になったり, 陽性になったり, 判定は変動します・・・もちろん, 「偽陽性」も発生します。偽陽性は, なにも検査室だけが原因となる訳ではなく, 患者の識別から始まり, 検体が検査室に届くまでの過程でも発生します。質問者の内容からすると, 調査そのものが公平に, 正確に行われたのか, 大いに疑問を感じさせます。専門施設, 専門家と称する方の検査が必ずしも正しいとは限りません。 

もうひとつの問題点は「事故調査委員会」の姿勢です。どうも質問者の内容を読みますと, 一方的な勧告を強要しているように感じます。医療事故を起こした時の, 改善に向けた対応として最も重要なことは, 類似する事故の発生を防ぐことです。そのためには, 当事者が何故, そのような事故に至ったのか自覚することです。質問で記載された調査委員会からの勧告からすると, 当事者はむしろ萎縮し, 自信を喪失し, 以後ビクビクしながら検査業務に携わるか, 勧告そのものをナンセンスとして無視することが予想されます。もし誤った報告をしたかもしれないと自覚される部分があるのでしたら, その誤りを再び繰り返さない改善に向けた検査対策を主体的に, 自主的に考えることが重要です。 

頑張ってください。参考に, 私個人の安全管理への意見を掲載したホームページを紹介しておきます。

(琉球大学・山根 誠久)

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