02/08/23
■モラクセラ (Moraxella) は膣炎の原因菌になる???
【質問】
 以前, 当院において帯下の塗抹で陰性の球菌を確認しました。バックグラウンドは多核球が (+) 程度で, 貪食像を認めたので, リン菌を疑って培養を行いました。しかし, 簡易同定キットを用いて同定したところ, 結果はモラクセラ・カタラーリス (Moraxella catarrhalis) となりました。糖分解を調べてみてもやはりリン菌とは異なり, モラクセラの性状でした。これはモラクセラによる膣炎と考えてもいいのでしょうか? 

 それと, モラクセラの抗菌薬のブレーク・ポイントですが, NCCLSの規定にない薬剤について, 臨床医から判定を求められた時, どのような返事をすればよいのでしょうか? よろしくお願いします。

【回答】
 塗抹所見による推定菌と実際の分離菌が異なることはしばしば経験します。特に常在菌が多く存在する材料では菌種の特徴が明確に認められない限り推定困難です。ご質問の内容から推察しますと, 婦人科材料の塗抹標本で淋菌を疑う細菌を貪食した白血球が認められた訳ですから, 一般的にはNeisseria gonorrhoeaeを疑うことになります。しかし培養ではMoraxella catarrhalisが分離された訳ですが, 通常M. catarrhalisは口腔・鼻腔の常在菌であり, 生体条件によって呼吸器感染症や耳鼻科領域の感染症を起こすことが知られています。ですから, 今回のように帯下からの分離菌がはたして婦人科領域感染症起炎菌として判断していいかどうかは迷うところだと思います。ただし, 病原性は別として各種材料からM. catarrhalisが分離される可能性はあります。例えばClinical Microbiology Procedures Handbook のグラム染色による直接鏡検所見の欄をみると, 生殖器, 尿, 血液, 膿, 下気道などの材料からグラム陰性球菌 (双球菌, 4連球菌, コーヒー豆状) が認められたならNeisseria spp. , M. catarrhalis , Veillonella spp.を推定するとあります。ゆえに婦人科材料からM. catarrhalisが検出される可能性はあると思います。また今回ご質問の患者材料には, 分離したM. catarrhalisとともにN. gonorrhoeaeまたはVeillonellaが存在していた可能性も否定できないと思います。分離されなかったのは死菌であった場合や, 菌量が少なかったためにM. catarrhalisの集落に隠されてしまった場合が考えられます。さらに拡大解釈ではありますが, 球菌に近い桿菌であるAcinetobacter属やMoraxella属が球菌に見えた場合も考えられ, 特にMoraxella osloensisは生殖器の常在菌とされています。いずれにしても病原性かどうかは別問題であり, この患者の臨床所見の分析が重要になってきます。ゆえに, 菌種同定と並行して臨床医の意見を聞き, 相互判断すべきではないかと考えます。さらに, これらの症例をきっかけに, 婦人科領域感染症と起炎菌の関係について研究され, 報告してみてはいかがでしょうか。

 もうひとつの質問 M. catarrhalisの感受性検査ですが, 本来M. catarrhalisの治療薬はペニシリン系薬であり, 感受性検査の必要性は強く求められていませんでした。さらにペニシリン系薬以外の薬剤のほとんどが低いMIC値にあり, そのためにNCCLSではpenicillin G (≦0.12μg/ml), ampicillin (≦0.25μg/ml) のブレークポイントしか制定せず, βラクタマーゼ産生試験の実施を指示して来ました。βラクタマーゼ産生菌株の場合はPC-G, ABPC, AMPC, PIPC, CETおよびCEZの各薬剤は耐性と判定することになりますが, 最近分離されるM. catarrhalisのほとんどの株がβラクタマーゼ産生菌です。そのためβラクタマーゼ阻害合成ペニシリン薬やテトラサイクリン系, マクロライド系, ニューキノロン系が第1選択剤として推奨されています。化学療法専門医の中にはM. catarrhalisの検査はβラクタマーゼ試験のみで良いと言う方もいますが, 経済性と手間の問題が解決されるなら, 院内分布の統計把握を目的として代表的薬剤の感受性検査を実施しても良いと思います。順天堂大学では25薬剤の集積を掲載していますので一読されてはいかがでしょうか (小栗豊子編集: 臨床微生物検査ハンドブック. 1996)。ゆえに臨床医から各種薬剤感受性検査の要望があった場合には, ブレイクポイントによる判断ができないこととその理由をよく説明した上で, 測定してあげてはいかがでしょうか。これらの集積を臨床医とともに分析した上で臨床的ブレイクポイントが制定されれば最高ですね。

(大手前病院・山中喜代治)

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