01/10/12
■ MRSA保菌者と感染リスク
【質問】
 私は, 医学的知識をほとんど持ち合わせていない“福祉学科の学生”です。MRSAに関するごく素朴な質問ですが, 実際にMRSA保菌者を抱える家族の不安でもありますので教えてください。どうぞよろしくお願いします。
【質問 その1】先日, 「健康で, 自分に抵抗力があるなら, MRSAは消滅する菌だ。」という記述がネット上 (http://www.ksky.ne.jp/~sumomo/mrsa/mrsa.htm←現在は見れない状態にあるかもしれません) にあったのですが, 事実なのでしょうか。事実であれば, その理由も教えていただきたいです。
【質問 その2】感染当時は健康だったため感染症を起こさなかったが, MRSA保菌者となった後, 風邪をこじらすなどの免疫低下状態になれば, MRSA感染症(例: MRSA腸炎, 肺炎) に罹ってしまうのでしょうか。また, 一度MRSA感染症に罹り, 入院した際個室対応 (隔離) されたが, 現在はMRSA保菌者として日常生活を送っている人は, やはり一度も発症していない保菌者に比べ, 免疫低下の際感染症に罹るリスクは大きくなるのでしょうか。

【回答】
「健康で, 自分に抵抗力があるなら, MRSAは消滅する菌だ。」・・というのは 表現としては一部誤りがありますが, 医師が患者に対する説明としては「患者の不 安を取ってあげる」という立場からは正しい説明です。 
   1)一部誤りというのは, 抵抗力があっても実際にはすべての人からMRSAは消滅しないからです。 
   2)正しいという理由は, 皮膚表面, 口腔内, 眼の周囲, 糞便などには, それぞ れの場所に適した常在菌がたくさん住み着いていて, 外からの病原菌の侵入を防いでいます。たとえば口腔内には, これら常在菌 (30菌種以上) が10^7〜10^8/mlも存在し, 絶えず増殖を繰り返し, 唾液や口腔粘液中に病原菌の増殖を抑えるバクテリオシンと呼ばれる種々の代謝産物を産生します。上記の回答を正しく言い換えますと「健康で, 自分に抵抗力があるなら, 常在菌が物理的にMRSAが気道粘膜などへの付着を阻止し, さらにバクテリオシンがMRSAの発育を効果的に阻止するため, MRSAは減少または消失する菌だ。」・・ということになります。 また同時に, 分泌型IgA抗体も口腔, 外眼部, 腸管粘膜などから大量に分泌され感染を効果的に防止しています。 

【回答】 
 風邪をこじらした程度では免疫低下とは言いません。新聞報道などで伝えられている「風邪の後のMRSA肺炎」は, 一般病院で風邪の2次感染予防として出される抗菌薬が主な原因です。その理由は, 常在菌によって少量に抑えられていたMRSAが抗菌薬投与によって多くの善玉常在菌が殺されてしまう結果, MRSAのみが優位に発育してしまい病原性を発揮できる環境を作ってしまうからです。このような現象を「菌交代現象」と言います。 通常は, 抗菌薬を2〜3日飲んでも著しい菌交代現象は起こりませんが, 長期に抗菌薬 (セフェム系, ペニシリン系, キノロン系など) を服用しますとMRSA保菌者の一部の方は, 肺炎や腸炎を起こすことがあります。MRSA腸炎は, 口腔や気道粘液中で増殖したMRSAが唾液と一緒に呑み込まれ胃酸によって死滅しないため腸まで達し下痢症を起こします。 また一度MRSA感染症に罹り, 入院した際個室対応 (隔離) されたが, 現在はMRSA保菌者として日常生活を送っている人は, やはり一度も発症していない保菌者に比べ, 免疫低下の際感染症に罹るリスクは大きくなるのでしょうかという質問ですが,  “リスクは大きくなりません”。 
理由: 
 免疫低下・・という言葉の理解に誤解があると思われます。日常生活で風邪をひいたり, お酒を飲み過ぎたり, ちょと疲れたような状態は免疫低下とはいいません。通常, MRSAが悪さをするような免疫低下の状態というのは, 糖尿病, 癌, 自己免疫性疾患などの病気の治療で, ステロイド剤, 抗癌剤, 放射線治療などを受け, 免疫担当細胞や体液性免疫が低下している状態を言います。さらに, このような患者に感染予防として大量・長期に投与される一部の抗菌薬が前記の理由で発病の引き金となります。一度も発症していない保菌者も同様の条件下に置かれますと発病します。 このような基礎疾患を持つ方がMRSA保菌者で治療中の場合は, 感染のリスクが高くなりますので注意が必要です。しかしながら, 基礎疾患を持っていても退院後にステロイド剤や抗菌剤を服用していないのでしたら心配はいりません。また, 服用中でも定期的な検査や自覚症状を医師に相談することで未然に発症を防ぐことができますので, 医師とよく相談して下さい。 
追記: 長期にMRSAを保菌し悩んでおられるのでしたら, JARMAMの本質問コーナーに効果的なMRSAの除菌方法を明記してありますのでご参考下さい。 

(大阪大学・浅利 誠志)

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