03/02/18
■ ブドウ球菌用のPCR試薬は冷蔵保存で1週間???
【質問】
 いつもお答えしていただいてありがとうございます。

 また質問ですが, 培養した細菌を熱抽出法でDNAを取り出し, PCRにかけたいのです。これをやっている施設 (社会保険紀南病院) の発表では, 「primer+TaqTaq 緩衝液+dNTPなどをあらかじめ作っておいて, これを小分けして―20℃で冷凍しとけば保存が効くが, 黄色ブドウ球菌用だけは冷凍保存できず, 冷蔵でせいぜい一週間しか持たない」との話でした。ブドウ球菌用のprimerは, mecAなどです。primerの内容で冷凍保存ができないとは思えないのですが, 他にどういう原因が考えられますか??? 菌集落から直接PCRにかける方法では, MRSAの場合, E. coliでの適切な量より少量でないと駄目という話がありましたが
http://www.toyobo.co.jp/seihin/xr/olul/upld69/technical/colonydire69tr01.pdf], 冷凍でprimerやTaqが劣化しているところへ多量のDNAがくるとうまくPCRができないとかありますでしょうか???

【回答】
 ご質問の「予め作成して, これを小分けして―20℃で冷凍すれば保存が効く」と言った点に関しては, 議論の対象になすべき内容ではないと考えます。とにかく, そのように発表される方の科学的根拠がよく判りません。きっと, 労力や試薬の節約のためかも知れませんが「primer + Taq Taq 緩衝液 + dNTP などを予め作成し, これを小分けして―20℃で冷凍保存」という発案にはあまり同意できないのです。サイエンティストとして純粋に科学的に考えても, 酵素 Taq を至適でない状態 (塩濃度が上がり, グリセロ−ル濃度が低い, −80℃ならともかく−20℃という酵素がダメ−ジを受けやすい温度) で保存しておいて, うまくかかるとかかからないとか言う議論はナンセンスだと思うのです。酵素が凍らない−20℃の冷凍庫という状態で保存する訳ですから, やはり保存方法に無理があるのです。きちんとストックを作成する場合でも酵素+水 (酵素の希釈用に添加する) は使用直前に添加すべきです。また, 「黄色ブドウ球菌用だけは冷凍保存できず」という点についても科学的な問いではないと考えます。菌が作用しているわけではなく, プライマ−が作用しないという議論なのですから。

これは恐らく;
(1) プライマ−の組成により保存中に不溶性の塩を形成し PCR の反応に障害が生じる可能性

(2) −20℃という不適切な保存状態なので, プライマ−が分解を受けやすい (Taqは発売時に性能表示がありますが, 大腸菌に入れて人工的に作製しているのでヌクレア−ゼ活性の汚染がまったく0 (ゼロ) ではありません。酵素と共存させると, こういうことも発生し得るということを知っておく必要があります。

(3) 私達も経験することですが, プライマ−により (恐らく配列だと思いますが), 冷蔵はもちろん, 冷凍であっても長期に保存できない場合があります。プライマ−の配列により, 製造過程でニック (切れ目) が入り易かったりすることがあり, それが結果的にPCRをかかりにくくしたり, 非特異増幅バンドの出現をひき起こしたりします。

 まとめると, 保存状態を良くすること (−80℃以下の凍結, または使用時に酵素を添加すること), プライマ−の組成を変えることで, 噂で耳にした話の内容は変わってくるように思います。

 後半のご質問ですが, ブドウ球菌はグラム陽性球菌ですから大腸菌の様なグラム陰性桿菌と比較して膜の残渣が大量に混入し, 結果的に細菌の膜蛋白質がPCRを阻害しているためであると考えられます。私達の経験では, 熱処理 (ボイルだと思いますが) した後, 氷中に10〜15分おき, 蛋白を変性させた後, 遠心して, その上清を PCR に利用すれば, 菌量が10倍違っても問題は発生しません。

(信州大学・川上 由行)

【質問者からのお礼】
 お返事ありがとうございました。やはり初心者は基本どおりにした方がいいとよく分かりました。また何かありましたらよろしくお願いいたします。


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