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【質問】
PCR法についての基本的な質問を2題させていただきます。埼玉県の病院の検査室に勤務している検査技師です。
第一は, 婦人科の医師から“トリコモナス症”が疑われている患者の検査のことですが,
顕微鏡的な検査より検査センターでPCR法を依頼しようとしたところ, 担当医から「トリコモナス症の診断は原虫の存在が認められなければ,
遺伝子学的検査でプラスと出てもトリコモナス症と診断できない。理由はPCR法でも偽陰性や偽陽性があるから」と言われました。しかし,
感染症の遺伝子学的検査検査の利点は微生物の培養・同定および検出できなくともその生物特有の遺伝子をターゲットして検出することができることであり,
確かに担当医が言われるように偽陰性や偽陽性があることは事実でありますが,
100%確実な検査はないはずです。そこで, お聞きしたいことは, 医師の立場としては感染症の診断を行う時,
“PCR法で陽性でも, 病原菌を検出できなければ診断できない”ものなのでしょうか???
第二は, 当検査室の遺伝子学的検査のことなのですが, 最近, PCR検査の増加により,
十分な検査ペースがとれず, 仕方なくキット化されている淋菌のPCR検査をクリーン・ベンチではなくドラフト内で実施するようになりました。技師長は「細胞を扱う検査ではないし,
キット化されている試薬でドラフト内にも殺菌灯もつけてある。実際に陰性の検体を50本程度行っても偽陽性が出てないから大丈夫だろう」と言われました。一般的にPCRを行うだけならクリーン・ベンチでなくとも大丈夫なのでしょうか???
以上2点ですが, よろしく御教示ください。
【回答】
まず, トリコモナス症, 淋疾の診断に, そんなにもPCR検査を多用されていることに驚いています。常識的に考えれば,
いずれも顕微鏡検査, 培養検査で充分対応できる種類の微生物だからです。感染症が成立するにはある程度の量
(濃度) の微生物が必要です。なにもたった一個の微生物が感染を引き起こす訳ではありません。感染微生物の種類と感染に必要な微生物の量
(濃度) の関係を考えてください。個人的な意見として, 研究ではなく, 患者検体での臨床検査という目的であれば,
トリコモナスは顕微鏡検査のみ (培養を加えてもよい), 淋菌でも顕微鏡検査と培養を優先させます。PCR検査が必要な場合は極めて限定される
(治療後の除菌の確認など) と思います。検査の意味と意義をしっかりと吟味せず,
単にPCR試薬が発売され, 保険点数がついたから検査するという姿勢は, 金儲けに走る病院と映りますし,
膨大な赤字を抱える医療費の無駄使いに思えます。臨床検査で, 特にPCR検査の対象となる微生物は,
(1) 培養が困難 (例えばレジオネラ), (2) 培養に時間がかかる (例えば結核菌),
(3) 緊急性が高い (例えば炭疽菌) という3つの場合であると考えています。
また, “PCR法で陽性でも, 病原菌を検出できなければ診断できない”ものなのでしょうか???
という質問ですが, これは場合によりけりです。培養法がどの程度の信頼性 (陽性あるいは陰性けっかの信憑性)
をもつか否かにかかっています。
PCR検査を, 研究ではなく, 患者診断のための臨床検査として行う場合, 最も危険なことが“偽陽性”の発生です。試薬調製時や検体の調製時に,
目的とする微生物, あるいはその微生物に由来する遺伝子を“真に陰性の検体”に混入させることです。PCR検査を臨床検査として実施する場合には,
“3つの分離した検査室を準備する”というのが鉄則です。50件の陰性検体で偽陽性が発生しなかったからといってドラフト内でPCRを行うのは安直な決定であり,
感心しません。混入する可能性のある遺伝子は検査スペースに日々蓄積されていきます。良妻賢母として尊敬されてきた女性の検体に淋菌のDNA,
ひとつを混入させ, “偽陽性”と報告した時の罪深さを思ってください。一度壊れた尊敬と信頼は二度と取り戻せません。
(琉球大学・山根 誠久)
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