■ 免疫的殺菌機構への耐性化 ???
【質問】今, 大学で微生物学の授業があります。そこで何気なく教授が言った言葉が気になってしょうがありません。「細菌は抗生物質に対して次々に耐性を獲得するが, 免疫的殺菌機構に対しても耐性を獲得するのだろうか???」という内容でした。教授は暇な時にでも調べてみなさいとおっしゃったのですが, 私には今ひとつはっきりした答えが出てきません。どうか考える手立てをください。

【回答】この質問は大変重要で興味深いものですが, そのような内容が記載されている教科書的書籍は知りませんし, また事実に即した正解もないと思われます。しかし, 次のように考えることはできるでしょう。

 免疫殺菌機構というのは極めて広範な概念ですが, 一般に直接殺菌に関与するものとしては, 補体の膜侵襲複合体やリゾチームなどの体液中の因子, 異物貪食殺菌能の発達した食細胞の細胞内殺菌機構である活性酸素, リソソーム由来のデフェンシン, セリンプロテアーゼ, BPIなど, さらには活性化マクロファージが産生する窒素酸化物ラジカルなどがあります。これらの殺菌因子は抗生物質とは異なり, 殺菌の標的分子(作用点)が一般には広いのが特徴です。また抗生物質は, たとえば特定の細胞壁合成酵素, 細菌特有のリボソームや特定の蛋白合成系, 核酸複製に関与する特有の酵素など, 宿主細胞とは異なる標的分子が特定できますし, それによって宿主細胞の障害を回避する「選択毒性」が賦与されています。しかし上記の宿主側の殺菌機構や殺菌因子は, そのような選択毒性に乏しく, 多様なタンパク, 電子伝達系の構成因子, 核酸の構造そのものなど, 幅広い分子を標的として作用するものが多いと言えます。その故にこれらの殺菌因子は, できるだけ活性化されないような機構(補体など), 食細胞で細菌を取り込んだ食胞内の空間のみでしか作用しない(リソソーム由来の殺菌タンパク), 特定のサイトカインによる刺激でしか誘導されず, 構成的発現がみられない(活性化マクロファージでのiNOSの誘導と窒素酸化物ラジカルの生成), などの機構によって必要不可欠な場合だけに作用し, 自身を傷害しないようなフェールセーフ機構が働いています。このような認識にたてば, 免疫殺菌因子への耐性菌が報告されない理由はある程度明らかでしょう。すなわち, 薬剤耐性は特定の作用点が変化したり薬剤そのものを不活化することによっておこり, それはごく一部の遺伝子の変異や耐性遺伝子の導入によって獲得されますが, 作用点が広範な免疫殺菌因子に対する耐性は複数の変異が同時におこる必要があり, 万一そのようなことがおこっても実際の菌にとってはそれ自身がlethalな変異になる確率が高いために, 薬剤耐性菌のような耐性は観察されないのではないかと考えられます。

 耐性の概念とは異なりますが, 多くのカタラーゼ陽性菌では低濃度の過酸化水素に暴露することによりカタラーゼ遺伝子の発現が亢進し, より高濃度の過酸化水素にも耐えられるという現象はみられます。このような一種の適応は, 変異や遺伝子の獲得によるものではなく, 細菌が保有するエスケープ機構のひとつといえます。
 最初に申し上げましたように, 質問の内容に直接関わる総説や論文を知りませんが, 一般的な宿主の殺菌因子については, 戸田新細菌学 (p212〜228, 南山堂), 標準微生物学(p13〜30, 医学書院), 微生物学(p41〜54、文光堂)などをご参照下さい。

(京都大学・光山 正雄)

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