01/10/24
■ 炭疽菌の性状, 同定方法, 取り扱い
【質問】
 病院検査室に勤務する臨床検査技師です。最近, テロ事件として炭疽菌が騒がれていますが, 検査室で炭疽菌を疑うようなコロニーとはどのような性状のコロニーでしょうか。また他のバチルス菌と鑑別するにはどのような検査をすればよいのでしょうか。炭疽菌であることが否定できない分離株についてはその後, どのように取り扱ったらいいのでしょうか (例えば送付すべき研究施設, 輸送方法など)。お教えください。

【回答】
 ご質問の方が微生物検査を担当している人かどうかがわかりませんので, 一般的な炭疽症の話とBacillus anthracisの検査法を以下概説します。なお, 現在多くの情報が交錯しておりますので, 進展がありましたら他の専門家の解説をお願いしたいと思います。

炭疽について
1.炭疽とその疫学
 Bacillus anthracisによってもたらされ, 全世界に存在する人畜共通感染症であります。皮膚炭疽が圧倒的に多く, 少ない菌量で切り傷や擦過から感染が成立します。アジア, 南北アメリカ, ヨーロッパ, アフリカの地方病として発生し, 主に野生動物に日常的にみられ, 人でも年間数百人の患者発生が報告されています。我が国における人の感染症はほとんど見られていないのが現状です。

2.炭疽菌の特徴
 学名Bacillus anthracis。大気中では数時間で芽胞を形成する非運動性, 通性嫌気性グラム陽性の大型桿菌で, 熱, 化学物質, 紫外線に強く, 人工培地に良く発育します。一旦芽胞をつくると長期間(数十年)無栄養状態で土壌や動物製品等に存在します。
 抗原構造としてはN-アセチルグルコサミンとD-ガラクトースを含む細胞壁多糖体抗原, γ-D-グルタミン酸重合体の莢膜ポリペプチド, そして浮腫因子edema factor(EF), 致死因子 lethal factor(LF), 防御抗原 protective antigen(PA)の3因子からなるタンパク質毒素複合体が知られています。この外毒素は単独で毒性を示さないもののEFとPAで浮腫作用を, またLFとPAの組み合わせで致死作用を示します。

3.炭疽の病変
 肺炭疽はまれであり, 羊毛取り扱い時や野生動物からの炭疽菌の吸入によって感染することが知られていますが, この度のテロ事件では封書で届けられた中のパウダーに含まれる菌の吸入により感染することで恐れられています。一般的にはBacillus anthracisの芽胞が大きい場合は上気道に付着しても繊毛運動で排除されますが, 2〜3μmの場合は肺胞に付着し, 肺内から縦隔リンパ節へ運ばれ出血性縦隔炎, 致死性肺炎を, そして菌血症, 髄膜炎を併発することが知られています。初期症状は発熱, 筋肉痛などインフルエンザ様であり, 次いで縦隔リンパ節の著明な腫脹, 呼吸困難からチアノーゼ, 昏睡と24時間以内死亡の可能性が高いと言われています。これは毒素によるショックが原因であり, この時期の血液中には10^5 個/ml以上の菌数が存在するため, 末梢血の直接塗抹標本の染色鏡検で菌体を確認することができます。
 皮膚炭疽はこれまで知られた中では最も多く, 顔, 腕, 頚部など, 衣服に覆われていない皮膚に侵入後2〜3日で赤紫色の小さな腫れが生じ, その腫れを囲むように水泡ができます (この水泡のグラム染色鏡検ではグラム陽性桿菌が認められますが, 二次感染を伴わない場合は白血球が少ないのが特徴)。その後5〜7日で潰瘍が生じ, 中央部に黒褐色の架痂皮が形成され, そのまま放置すると高熱, 副腎肥大, 浮腫が見られ外毒素ショックから死亡することもあります。
 腸炭疽は, 汚染飲食物によって感染し, 腸型と口咽頭型に分類されています。腸型は, 悪心, 嘔吐, 発熱, 腹痛, 血便, 腹水貯留が主要症状であり, 早い時期に外毒素ショックや敗血症に進行します。また口咽頭型は, 喉の渇き, 嚥下障害, 発熱, 首のリンパ節腫脹が見られ, 最終的には敗血症に進行します。

4.診断と治療
 臨床症状からの診断は困難であり, 患者の全身状態, 履歴, 生活状態, 疫学情報にたよるしかありませんが, 検査としてはPCRによる検出や炭疽菌の分離培養であり, 血液, 脳脊髄液, 皮膚浸出物, 喀痰, 嘔吐物, 糞便, 腹水などを用いた細菌学的検査が大切です。
 抗生物質とワクチン治療が有効とされていますが, ヒト用ワクチンは我が国にはなく, アメリカ, イギリスで死菌ワクチンが, 中国, ロシアで生菌ワクチンが販売されています。また, 抗生物質では一般的にペニシリン系, マクロライド系, テトラサイクリン系, ニューキノロン系に感受性があるとされていますが, 菌血症では抗生物質療法が無効の場合が多いとも言われています。ちなみに, 推奨治療薬 (CDC情報等) は以下の通りです。
(1) 初期治療
 シプロフロキサシン大人400 mg (静注12時間ごと)。小児についてもシプロフロキサシン1日20〜30 mg/kg (静注で2回に分けて)。
(2) 診断確定後
 ペニシリンG 200万単位を3時間毎に静注 (5〜7日)。ただしペニシリン耐性の情報もあり, 代薬としてドキシサイクリン100 mgを12時間毎に静注 (8歳以下には不可), エリスロマイシン500 mgを6時間毎に静注, シプロフロキサシン400 mgを12時間毎に静注する。小児のうち12歳未満ではペニシリンG 5万単位/kgを6時間毎に, 12歳以上にはペニシリンG 200万単位を3時間毎に静注。
(3) 炭疽菌吸入の可能性の場合 (予防投薬)
 シプロフロキサシン大人 500 mgを1日2回経口投与, または400 mgを12時間毎に静注。小児についてもシプロフロキサシン1日20〜30 mg/kg (静注で2回に分けて)。
(4) 消毒薬
 次亜塩素酸ナトリウム (ミルトン), グタラール製剤 (ステリハイド), ポピドンヨード (イソジン) が有効であり, ヒビテンやハイアミンは無効。

5.届け出
 感染症新法での4類全数把握に含まれる疾患であり, 診断後7日以内の届出が必要ですが, 今回は診断後, または“疑い”でも直ちに届け出るよう指示がありました。

Bacillus anthracisの一般的検査法
1.検体採取
(1) 臨床検体
 血液や脳脊髄液はそのまま直接塗抹標本をグラム染色し, その後分離培養と増菌培養を実施します。これはBacillus anthracisによる菌血症時には血中菌数が多い (10^6〜10^8個/ml)ためであり, 一般的細菌による菌血症の菌数(10^3〜10^4個/ml)と比較にならないことから, 増菌培養より直接塗抹標本の鏡検が優先されます。それゆえに, 炭疽症を疑う患者の血液は“抗凝固剤を加えて採血”し, そのまま検査室に届けることが大切です。
 また, 喀痰, 便, 嘔吐物, 膿などは専用容器に, 咽頭粘液, 鼻粘膜, 皮膚, 衣服付着物などは滅菌綿棒で採取します。
(2) 粉末検体
 見ず知らずの人から送られてきたもの, 差出人の住所氏名がなく個人宛てのもの, 差出人の住所と一致しない消印があるもの, 白っぽい粉が漏れているもの, 異臭や形状が異常なものなどの郵便物や宅配便物には注意することが大切です。これらの取り扱いは原則として所轄の警察に通報し, 指示に従ってください。“P3レベル以上”の安全対策を講じた中での取り扱いが必要であることから, むやみな操作は危険です。

2.鏡検
 いずれの検体も直接塗抹標本を作り, グラム染色, 芽胞染色を行い1,000倍率にて鏡検します。Bacillus anthracisの一般的性状は, 幅1μm, 長さ2〜4μm程度の大型桿菌で, グラム陽性, 芽胞をもち, 鞭毛がありません。生体内では竹節様の短い連鎖桿菌で, 芽胞のみの場合もありますが, 培養した菌では長い連鎖を作り, 莢膜は動物体内または特殊培養で形成されます。

3.培養と同定
 通常の5%羊血液寒天に良好に発育し, 1夜で大型集落を形成します。集落は非溶血性, 灰白色R型, 実態顕微鏡で観察すると周辺が縮毛状(medusa head)として観察されます。これら疑わしい集落がグラム陽性桿菌であることを確認した後, 血液寒天培地に純培養に増菌し, 各種の性状確認試験を行います。
Bacillus anthracisは非運動性, 非溶血性, レシチナーゼ反応陽性です。レシチナーゼ陽性を示す同属の近縁3菌種 (Bacillus cereus, Bacillus mycoides, Bacillus thuringiensis)とは運動性, 溶血性, 莢膜形成, パールテストなどで鑑別できます。同定キットしてはアピ50CHと専用培地および同定用検索ソフトなどが市販 (日本ビオメリュー株式会社)されており, 利用できます。詳細な性状試験による確定や毒素産生試験, 遺伝学的検査は専門機関に委ねてください。

4.菌株の送付など
 同定された菌株, または疑わしい菌株については, 所轄の保健所に連絡し, 関連機関 (都道府県の衛生研究所または国立感染症研究所) の指示に従ってください。仮に, 特別送付の指示があった場合は, (1) 多重包装し漏出を防ぐ, (2) 容器は密栓する, (3) 包装は耐水性, 振動によるショック対策など, 万一の破損を考慮した方法を講じる, (4) 決してシャーレそのものを入れない, (5) 送付先との連絡を密にして, 専門家の意見に従うことが大切です。
 また, 菌株や各種検体を用いた遺伝学的検査法についても専門機関への依頼となることから, 合わせて所轄の保健所に相談してください。
現在, 全国の主要大学病院においてバイオテロ関連対策が講じられており, 今後期待したいと思います。

5.問題点
 一般の診療施設でも炭疽症疑いの患者が訪れることから, 患者検体を用いた微生物検査体制をどうするか悩んでおられる施設も多いと思います。実際は安全キャビネット内で慎重に実施することで十分だとは思われますが, 正しい知識と正確な情報による検査法が正規に通達されるまでは開放型検査室での取り扱いは避けるべきと考えます。
また, 今回私たちはBacillus anthracisのみを対象としていますが, 仮に非病原性菌種とされているBacillus subtilisに毒素遺伝子を組み込んだ菌株が登場した場合などはさらなる混乱が予想されますので, そのような事態にならないことを祈っております。

バイオテロに関する問い合わせ
国立感染症研究所 TEL 03-5285-1111
ホームページ
◆国立感染症研究所 http://idsc.nih.go.jp/index-j.html
◆厚生労働省        http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/a-terr.html
◆日本医師会        http://www.med.or.jp/etc/terro.html

(大手前病院 山中喜代治)

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