03/08/29
■ 細菌の糖分解試験で用いる培地について
【質問】
 はじめまして。質問なのですが, 糖分解能をみるためにOF培地とCTA培地がありますが, 腸内細菌やブドウ糖非発酵菌はOF培地で, Neisseria, Streptococcus, Brucella, 嫌気性菌はCTA培地で糖の分解性をみるのですか??? 自分はCTA培地が発育しにくい菌種の為の糖分解をみる培地なので, 抵抗性が低い培地だと思ったら, 腸内細菌には不適と書いてありました。この二つの培地の違いは何ですか??? 

【回答】
 早速お答えします。炭水化物分解テストは被検菌株が良好に発育する培地であることが絶対条件です。ご質問の O-F 培地と CTA 培地の両方に「腸内細菌」は発育可能ですが, “りん菌, 髄膜炎菌などの Neisseria 属, 肺炎球菌, レンサ球菌などのStreptococcus 属, Brucella 属やCorynebacterium 属などの様な, いわゆるfastidiousな菌種”についてはO-F 培地での良好な発育は望めません。つまりは, これらのfastidious な菌種に対して, CTA 培地のような発育支持力をもつ培地は存在価値があるのです。ご質問の中にありますように, 確かに腸内細菌の炭水化物分解テストにO-F 培地は不適です。それはなぜでしょう。ふたつの培地のどこが違うのでしょう。端的に言えば, 「CTA培地はシスチンおよび亜硫酸塩を含有して, 上述したいわゆる“fastidious な菌種“の発育支持力をもつので, これら“fastidious な菌種”の炭水化物分解テストに利用できます。しかし一方, この培地は腸内細菌のようなブドウ糖発酵性グラム陰性桿菌の炭水化物分解テストには用いられません。特に, 含有するシスチンの存在によって培地を酸性にするものがあるからです」。要するに, “シスチン”の存在が key なのです。ではなぜ, シスチンの存在が培地の酸性化と結びつくのでしょう。バクテリアも生物です。私たち人間と同様に生きています。生きるためにはエネルギ−を作って, そのエネルギ−を利用していかなければなりません。多くのバクテリアはブドウ糖を利用してエネルギ−を得ています。つまり, 1分子のブドウ糖は2分子のピルビン酸に代謝されて TCA サイクル (Krebs サイクル・クエン酸回路) を一周して12個の ATP を作ります。質問者は「糖新生: gluconeogenesis」という用語をご存知でしょうか??? 実は“シスチン”はこの「糖新生: gluconeogenesis」をもたらすための「糖原性: glucogenic」をもっているのです。この「糖原性: glucogenic」を示すものには“シスチン”以外にも“グリシン, ヒドロキシプロリン, セリン, スレオニンやトリプトファン”などのアミノ酸が知られており, 炭素骨格の全部もしくは一部が脱アミノ反応あるいはアミノ基転位の後にTCA サイクルに入って糖新生に加わるものがあります。例えばシスチンはピルビン酸となり, ピルビン酸デヒドロゲナ−ゼにより acetyl-CoA への道を辿れば, 二酸化炭素への完全酸化の経路を選択することになるのですが, オキザロ酢酸へカルボキシル化されれば, 糖新生経路を辿ることになり, ブドウ糖が合成されます。つまり, ブドウ糖を含有しない培地なのに, 腸内細菌ではこの CTA 培地でブドウ糖が産生され, したがってブドウ糖を利用できる腸内細菌は培地の pH を低下させてしまう危険性があるのだと思います。

 「炭水化物および有機酸塩からの酸産生性テスト」では, O-F 培地や CTA 培地以外にも多数の培地が知られています。それぞれの培地組成にはそれぞれの意味があるのです。単に培地といっても, きちんと知ろうとすればするほどに, 奥深いものがありますね。

(信州大学・川上 由行)

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