2001/12/27
■ Tween 80は微生物の増殖を促進する???
【質問】
 界面活性剤であるTween 80についての質問です。以前何かの本で「Tween 80は微生物の増殖を促す」という文献を見ました。現在どの本に載っていたか探していますが, 見つかりません。
(1) Tween 80には微生物の成長を促す効果があるものなのでしょうか?
(2) 一般的にtweenなどの界面活性剤はどのように使われるものなのでしょうか?
(3) また, 微生物の成長を促進するような物質はあるのでしょうか? よろしくお願いします。

【回答】
 まずは, 回答に入る前に少し界面活性剤であるTweenについて整理しておきたいと思います。そもそも界面活性剤Tweenは正式には下記のように呼称します。ちなみに下記の界面活性剤はTween 20 を示しています。

 [Tween 20] : Poly(Oxyethylene)sorbitan monolaulate

 側鎖のmonolaulateがmonopalmitateに変わるとTween 40に, またmonostearateに変わるとTween 60に, さらにはmonooleateに変わるとTween 80のように, 側鎖の脂肪酸の種類に応じて呼称されています。ではTweenには20, 40, 60, 80しかないのでしょうか?実は, Tweenにはこれら以外にもTween 21, Tween 65, Tween 81, Tween 85などがありますが, Tween 20, 40, 60, そして80のみが水溶液に可溶性なのです。そして, このTweenという名称は現在では広く用いられ, 一般名化しておりますが, もともとは米国のAtlas Powder社の商品名で, 20, 40, 60, そして80という数字にはそもそも深い意味はないのです。また一般に界面活性剤は, 陽イオン (カチオン) 系・陰イオン (アニオン) 系・非イオン (ノニオン) 系・両性イオン系の4系統に分類されますが, ご質問のTweenは非イオン (ノニオン) 系に分類されます。

 それでは順不同になりますが, (2) の質問, 「一般的にTweenなどの界面活性剤はどのように使われるのでしょうか?」の質問から回答させていただきます。さて界面活性剤であるTweenですが, 利用価値が広くて, 実に多岐にわたって活用されています。そもそも界面活性剤には, 水溶液の界面張力を低下させることによる浸透作用のほかに, 乳化作用, 分散作用や再付着防止作用が一般的によく知られており, 石鹸・洗剤以外にも, チョコレ−ト・パン・ケ−キなどの食べ物をはじめ, クリ−ム・乳液・洗顔料・整髪料や化粧品のみならず, 各種塗料・プラスチックに, 潤滑燃料工業においては酸化防止剤および粘土指数向上剤としてエンジンオイルに, またカ−ペット・フロッピ−ディスクのような比較的に極めて身近な物から金属工業の鋼板や道路工事に際してはアスファルト乳化剤, コンクリ−ト流動化剤としてなど, 界面活性剤はすぐれた品質と機能で幅広くあらゆる産業のニ−ズに応えています。詳細は「URL: http://www.jsda.org/2kurashi_45.htm」からさらなる情報を得ることができます。

 なお質問のTween などの界面活性剤ですが, 微生物学の領域でも古くから使用されてきております。そこで, (1) の質問, 「Tween 80 には微生物の成長を促す効果があるものなのでしょうか?」ですが, 具体的には,Tween 80の添加については, 次に示す4つの目的に大きく分けて考えることができると思います。つまり; 

 (1) 脂肪酸などの供給源
 (2) 酵母様真菌 (特にCandida属) の厚膜胞子の形成促進
 (3) 菌を培養基 (培地) 中に均一に分散発育させる
 (4) 膜透過性に干渉して, 栄養分の取り込みに影響を与える, です。
 (1) の目的としては, Tween 80ですからオレイン酸の供給源としてですが, アルブミン―Tween 80培地, レプトスピラPF培地などがあります。また, これら以外にも, 癜風の起因真菌として知られ, つい最近まで培養不能だったPityrosporum(Malassezia)がありますが, 本属に含まれている3菌種を, Tween 20・40・60・80をそれぞれ培地に添加含有させて, 脂肪酸要求性の違いを菌種の鑑別に応用している例1)もあります。また, 放線菌の一種であるActinomyces meyeriはビタミンK1とTween 80の要求性2)があることが報告されています。

 (2) の目的では, コ−ンミ−ル寒天培地へのTween 80の添加です。Candida albicans に特徴的なchlamydospore(厚膜胞子)の形成が特に促進されることが知られています。

 (3)の目的では, Mycobacterium属菌の培養における液体培地にTween 80を添加することが古くから知られています。特にミドルブルック液体培地にはTween 80が添加されていますが, 培地の表面張力を減弱させて, 発育が表層部に限局せずに培地の深部に拡散して均一な菌液が得られるようにするMycobacterium属菌の培地内の分散発育が目的で, 培養ボトルを軽く振盪するだけで, 均一な菌浮遊液が調製可能で, 薬剤感受性試験などを容易に行うことができるというものです。

 (4)の目的ですが, Tween 80は非イオン系界面活性剤に分類されることは既に記しましたが, Tweenを含む総ての非イオン系界面活性剤は抗菌活性を示さないことが確認されています。低濃度のTween 80は, 特にグラム陰性桿菌の外膜通過性に影響を与える3)ことが報告されており, 栄養分の取り込み促進(発育促進)に関与することが考えられています。具体的には、偏性嫌気性菌でヒトの口腔内や糞便中に棲息しているBacteroides capillosusは通常は各種の糖を発酵できないのですが, Tween 80を添加することで糖の取り込みが促進されて各種の糖を発酵的に利用することができるようになることが知られています。さらにはBifidobacterium は一般に, growth factorとしてリボフラビン・ナイアシン・葉酸・パラアミノ安息香酸を要求しますが, さらにTween 80を添加することで発育が促進される4)ことや, Corynebacterium属菌・Lactobacillus属菌などに対しての発育促進作用も知られています。

 なお, Tween以外の界面活性剤としてはSDS, Tergitol 7, Irgasan, モネシンなどが, 培地への添加成分として使われていますが, そのほとんどは発育促進目的ではなく, 選択剤としての目的のようです。

 少し, 質問の趣旨からはずれた回答になってしまったかも知れませんが, 回答者の意のあるところをお汲み取り下さい。

[参考文献]
(1) Guillot, T., Gueho, E., et al. Identification of Malassezia species. A practical approach. J. Mycol. Med. 6: 103-110, 1996.
(2) Cato, E. P., Moor, W. E. C., et al. Actinomyces meyeri sp. nov., specific epithet rev., Int. J. Syst. Bacteriol. 34: 487-489, 1984.
(3) Scardovi, V. The genus Bifidobacterium. The Prokaryotes, vol. 2, eds Starr, M. P., Stolp. H,. et al., Springer-Verlag, New York, 1413-1434, 1981.   
(4) Brown, M., R., W. The role of the cell envelops in resistance, Resistance of Pseudomonas aeruginosa. ed. Brown, John Willey, London, 71-99, 1975.
(信州大学・川上 由行)

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