06/10/27
■ A群溶連菌の溶血能について
【質問】
 臨床検査技師の●●と申します。Streptococcus pyogenes (A群溶血連鎖球菌) について教えてください。Streptococcus pyogenesは羊血液寒天培地上でβ溶血 (完全溶血) を示すと言われていますが, 当院で初めてβ溶血を示さない非溶血性のStreptococcus pyogenesが分離されました。外国ではしばしば報告があるという論文を読みましたが, 日本でも (他の施設から) 分離されているのでしょうか??? 非溶血性のStreptococcus pyogenesが分離されるのは珍しいことなのか, また通常のβ溶血を示すStreptococcus pyogenesと病原性が異なるのか教えてくだい。また今回の分離菌についてはまだ調べていませんが, 論文では非溶血性のStreptococcus pyogenesにはストレプトリジンSの発現がなく, ストレプトリジンOの低レベルな産生が見られたとありました。もし菌の性状についても情報がありましたら教えてください。宜しくお願いします。

【回答】
“非溶血性のStreptococcus pyogenesが日本でも分離されているのでしょうか???”
 存在はすると考えられますが, 報告例は極めて少ないと思います。溶血性は使用する血液寒天培地の基礎培地や添加する血液の種類 (羊, 馬, 家兎など)やその他の添加物質, あるいは培養条件によっても影響を受けます。グラム陽性菌用の選択剤を添加した培地では溶血が抑制されたという報告も認められます。また同じ種類の血液であっても, ロット差や新鮮度の違いで微妙な溶血活性の違いが認められます。最初に“存在はすると考えられます”と回答したのは, 溶血活性が弱いのか, あるいはまったくないのかの判定が難しいことがあるためです。当病院でも過去にB群溶連菌程度の弱い溶血しか示さなかったS. pyogenesの分離経験がありますが, 光にかざして見るか, 穿刺培養しないと分かりづらい程度の弱い溶血でした。これだけでなく, 臨床分離菌株の中には明瞭で大きなβ溶血環を持つものから微弱なβ溶血のものまで様々な菌株が認められます。海外の論文でも, 好気培養では弱い溶血の菌株が見落とされてしまう危険性が指摘されていますように, 実際のところ本当に分離例が少ないのか, 見つけられていないだけなのかは不明です。無菌的な材料では詳細な同定まで行いますが, 咽頭や喀痰などの常在菌が存在する材料では, その他の菌集落と鑑別できずに見過ごされてしまう可能性は十分にあります。

 溶血連鎖球菌の溶血素としてstreptolysin-Oとstreptolysin-Sが知られていますが, streptolysin-Oは酸素により失活(oxygen lableの“O”)するため, 検出には血液寒天に穿刺して, 酸素分圧の低い深部まで菌を接種するか, 嫌気培養する必要があります。これに対してstreptolysin-Sは酸素に安定であるため, 好気培養した血液寒天培地の集落周囲に認められる明瞭なβ溶血環はこの溶血素によるものと言われています。細菌学の教科書の中には, S. pyogenesの中にはstreptolysin-Sを作らない菌株が存在することもあるため, 寒天平板の一部に穿刺して培養することが薦められているものもあります。streptolysin-Sは菌体に付着しており, 血清で処理すると遊離する(serum extractableの“S”)とされています。海外の文献では, ご質問の中にもありますように, streptolysin-Sが欠乏する菌株には溶血性が認められなかったという報告が複数認められます。中にはβ溶血株と非溶血株が混在していたという文献もあります。

“通常のβ溶血を示すS.pyogenesと病原性が異なるのか???”
 前述のstreptolysin-Oとstreptolysin-Sは共に病原因子の一つとして知られていますが, 特に好気培養した血液寒天平板上でのβ溶血に関与するstreptolysin-Sは, 好中球に対する強い致死作用があると言う研究もあります。少なくともそれらの溶血素に由来するところの病原性というものは欠くものと推測されます。また病原性の弱いS. pyogenesは, streptolysin-Sの産生が不足していたという別の報告も認められます。しかしS. pyogenesの病原因子は他にもM蛋白やスーパー抗原活性を持つと言われる発熱性毒素(SPEs), あるいはヒアルノニダーゼ, DNA分解酵素, ストレプトキナーゼなど, 様々な因子が知られています。さらに, これら菌側の病原因子だけでなく, 宿主側の因子も重要で, 特に劇症型感染症では宿主・寄生体の関係が発症に強く関わっているとされています。またS. pyogenesではありませんが, 非溶血性のG群溶血連鎖球菌(S. dysgalactiae susp. equisimilis)による劇症型感染も報告されています。溶血性だけではない, 何かがあるようです。

 質問者も良く調べて質問されていると思いますので, 要望に沿う回答ではなかったかも知れませんが, 今回の分離菌も可能であれば詳しく性状を調べられることをお勧めします。

(公立玉名中央病院・永田 邦昭)


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