■ “CDチェック”と“トキシンA”の結果の判断について | |
【質問】
お忙しいところ申し訳ありませんが, このような専門の先生方からお話が聞ける所は他にないのでお願いします。私は最近NST活動に参加し始めた臨床検査技師の今井と申します。普段の業務は細菌検査に携わってないため, よくわかりませんが, 改めて勉強し直しているところです。 NST回診で臨床の先生から質問を受けたのですが, “83歳男性が3ヶ月間偽膜性大腸炎を何度も繰り返しています”。と言っても, いつも内視鏡で見た訳ではなく, 粘液便や下痢をして“CDチェック陽性”なら偽膜性大腸炎との判断です。その後, 経腸栄養剤を中止し, バンコマイシンの投与で下痢がおさまります。その後また1〜2週間で下痢を起こし, CDチェックをすることを繰り返しています。トキシン A (EIA法) の検査は, 外注検査のためか, いつも合わせて検査していません: 5月18日 CDチェック (陽性)
ここ一ヶ月の検査結果です。結果の解釈がよくわかりません。 (1) 6月10日のCDチェック (陰性)で, トキシンA (陽性)というのはCDチェックの感度が悪かっただけなのでしょうか??? (2) 下痢や粘液便のあった他の日も偽膜性大腸炎再燃による下痢と思っていいのでしょうか??? (3)毒素を産生していなかったが, C. difficleはいずれ毒素を産生するようになるのでしょうか??? トキシンAが陰性の時は悪さはしないのですか??? (4)他の質問箱を見て思ったのですが, “偽膜性大腸炎”と“C. difficile関連下痢症”は全く違う対応をするものなんですか??? (5) この患者の下痢の解決のために, どうしたらよいのでしょうか??? どんな検査を進めたらよいでしょうか??? 臨床のこともうまく説明できず, 質問ばかりで申し訳ありません。この情報から何かお話を伺えたらと思っています。 【回答】
(1) 質問された症例で, 臨床経過と検査結果の関連がよくわからないので何ともいえませんが, 6月10日の検査でCDチェック (陰性) で, toxin A (陽性) というのは, CDチェックの感度が悪かったのかもしれませんし, toxin Aの偽陽性だったのかもしれません。現在, 日本で利用できるtoxin A検出キットは, 感度があまり良くないことと, toxin A陰性・toxin B陽性株も下痢症を引き起こすことがわかっているので, 検体中のtoxin Aが陰性であってもC. difficile関連下痢症/腸炎を否定できません。貴方の施設では, CDチェックによるグルタメートデヒドロゲナーゼ検出 (院内で実施ですか???) とtoxin A検出を外注で実施されているようですが, CDチェックは特異度も感度も良好ではないので, CDチェックの代わりにtoxin A検出を院内で行ってはいかがでしょうか。さらに, 可能であれば, ハイリスク症例や院内感染が疑われるような病棟の症例ではC. difficile培養検査を行ってみてください。院内の細菌検査室で行うにしろ, 外注にしろ, 検査のコツは十分量の検体 (5 gram以上) を採取することです。 (2) “他の日”がどの日なのか不明で, 回答するのが難しいですね。下痢や粘液便などの消化管症状があった際に糞便検体を採取し, 検査を行い, 診断がついてバンコマイシンなどによる治療が始まり, 臨床的に症状が改善されれば, 基本的にはfollow upの検査は不要といわれています。ただし, 再発が認められれば, そこで検査を行う必要が出てきます。本症例は再発を繰り返しているようですが, 治療が不十分であることによる再燃なのか, 新しい菌株を獲得した再感染なのかはわかりません。 (3) C. difficileの毒素産生タイプにはtoxin A陽性・toxin B陽性, toxin A陰性・toxin B陽性とtoxin A陰性・toxin B陰性の3種類があり, 毒素産生能が変化することはありません。ですが, 菌株によっては毒素を多量に産生するものがありますし, 環境によって毒素産生性が調節されているらしいこともわかっています。糞便検体中のtoxin Aが陰性であっても, 偽膜性大腸炎であることはありますし (toxin A陰性・toxin B陽性株による感染や, 検査の感度の問題, 検体の採取を含めた検査のやり方に問題がある場合など), toxin A陽性であっても無症候性キャリア (保菌者) であることもあります。重要なことは, “消化管症状があり, 臨床的に抗菌薬や抗がん薬により誘因された下痢症/腸炎と診断された症例にのみ検査を行うこと”, 診断は臨床症状と細菌学的検査の結果の両方から行うことで, 検査結果にのみ振り回されないことです。 (4) 前に記述しましたように, 偽膜性大腸炎はC. difficile関連腸炎ですが, C. difficile関連下痢症/腸炎は必ずしも偽膜性大腸炎ではありません。偽膜性大腸炎はC. difficile関連下痢症/腸炎の重篤な病型といってもよいかと思います。つまり治療は基本的に同じです。C. difficile関連下痢症/腸炎症例の約1/4においては, 誘因となった抗菌薬を中止するなどにより回復し, バンコマイシンなどの治療が特に必要ないといわれています。ただ, 偽膜性大腸炎は重篤な症例が多くなるので, 脱水や電解質異常などに対する治療やバンコマイシンによる治療が必要になることがより多いのではないかと思います。 (5) 細菌学的検査としては, 前に記載しましたようにCDチェックを止めて, 検体中のtoxin Aを検出, 加えて, 可能であればC. difficile培養検査を導入してはどうでしょうか。バンコマイシンによる治療中や治療後に何度も検査を行う必要はありません。再発 (特に再燃) を繰り返す症例の治療については, 既にこの「質問箱」の他の質問で回答していますので参考にしてください。最後に, この症例の周囲で下痢症状の認められる症例がないか注意してください。C. difficileは容易に (病棟を越えて) 院内伝播し, 院内集団発生が起きますとなかなかコントロールが困難となります。特にこの症例がオムツを使用している場合は, 医療スタッフの手指を含めた環境を汚染しやすいので, オムツ交換などの看護手順を見直してください。 (国立感染所・加藤 はる) |