06/08/16
■ 偽膜性腸炎について
【質問】
 よろしくおねがします。お忙しいところ申し訳ありませんが, このような専門の先生方からお話が聞ける所は他にないのでお願いします。私は内科医の■■と申します。

(1) 病理的に「偽膜性腸炎」と診断されれば100%Clostridium difficileによるものとかんがえてよいのか??? 逆に言えば, 病理的に偽膜性腸炎を起こしうるほかの病態 (薬剤性や虚血変化) や他の細菌はまったくないといってよいのか???

(2) 「偽膜性腸炎」は抗生剤使用例に多く見られますが, 他の要因として最近では抗癌剤によるものの報告も見られます。抗癌剤や抗生剤を使っていない例での発症はものすごく珍しいと考えてよいのか??? それとも散見されるものなのか???

(3) 抗生剤を用いる前から下痢があり, 感染性腸炎と考え抗生剤を使い始めました。3日後に死亡し, 剖検で「偽膜性腸炎」と診断されました。これはたった3日間ですが, 抗生剤によって「偽膜性腸炎」になったと考えるのが妥当なのか, それとももともと以前に抗生剤の使用歴はありませんが, 「偽膜性腸炎」が存在したと考えるのが妥当なのか, どちらなのでしょうか???

臨床のこともうまく説明できず, 質問ばかりで申し訳ありません。この情報から何かお話を伺えたらと思っています。

【回答】
(1) (内視鏡, 外科手術あるいは剖検などで) 消化管に偽膜形成が病理学的に認められた症例はClostridium difficileの細菌学的検査を行わなくてもC. difficile関連腸炎と診断できるとされています。ウイルスやStaphylococcus aureusによる (と報告者が考えた) 偽膜性大腸炎の症例報告もないことはないですが, 多くの研究者・臨床医のコンセンサスは得られていません。

(2) C. difficile関連下痢症/腸炎は, 1) 腸内フローラの撹乱, 2) C. difficileによる暴露, 3) 免疫状態や基礎疾患の重症度など, 宿主の状態が関わって発症するので, 抗菌薬や抗がん薬以外によっても腸内フローラが撹乱されるような状態があれば発症しうると考えられます。例えば高齢者では, C. difficile関連下痢症/腸炎発症率が高いですが, 加齢自体による腸内フローラの変化, 高齢者ではC. difficileおよびその毒素に対する免疫反応が悪い場合が多いこと, 基礎疾患が重症になる傾向があること, さらに基礎疾患が重症であれば入院期間が長くなりC. difficileによる暴露の機会が増えることなど, リスクの高い宿主であることがわかります。必ずしも抗菌薬や抗がん薬の使用歴がなくても, 感染のリスクファクターが重なれば, C. difficile関連下痢症/腸炎は発症すると思われます。

(3) “感染性腸炎”の原因は何を疑われたのかわかりませんし (余分なことを言いますとC. difficile関連腸炎も感染性腸炎です), この時の下痢症が“感染”によるものであったのかどうかも紙面からはわかりませんので, 抗菌薬使用開始前の下痢症についてはコメントできません。少なくとも, 3日間の抗菌薬 (何を使用されたのか不明ですが) 使用で偽膜性大腸炎になることは別に稀なことではありません。C. difficile関連下痢症/腸炎は宿主因子の大きく影響する疾患なので, 一口にどんな抗菌薬をどれだけ使用すると発症するかということは言えませんが, 腸管フローラを撹乱しやすい抗菌薬, すなわち腸内フローラを主に構成するバクテロイデス属などの偏性嫌気性菌に有効な抗菌薬や, 広域スペクトラムの抗菌薬の使用がC. difficile関連下痢症/腸炎発症の誘因となりやすいことは理解に難くないかと思います。

(国立感染研・加藤 はる)


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