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【質問】
現在, 臨床検査技師の学校に通っており, 病院実習中です。病院の技師さんからの質問で,「グラム染色の際,
病院では30秒間アルコールで脱色し, サフラニンをやるのですが, 学校の実習ではアルコールでの脱色をスライドガラスをかたむけて3回かけました。病院では1回30秒間,
アルコールで脱水して終わるのに, 学校では3回もアルコールをかけたのはなぜか???」という質問をされました。その質問をされてから結構調べたのですが,
どうしてもその理由が分かりません.。考えた結果, その理由としてグラム陰性菌とグラム陽性菌の構造に関係があると思い,
ふたつの細胞壁の構造の違いをからめて説明したのですが, 細胞壁の構造には関係なく,
ルゴールをかけて水洗いをする時とアルコールをかける時の間に何かあるのだといわれました。結構考えたのですが,
どうしても分かりません。理由がお分かりでしたら教えていただきたいのですが。よろしくお願いします。
【回答】
染色理論には, (1) 物理的説: 菌体細胞の隙間から色素が侵入し, 染色液の冷却などにより隙間がふさがり,
色素が定着し染色される。(2) 化学的説: 細菌細胞蛋白質の酸性部分に塩基性色素が,
塩基性部分に酸性色素が結合し染色が成立する。(3) 固溶説: 2種類の溶媒が相接する場合,
色素は溶解力の大きい方に移るので, 色素溶液を工夫し, 細菌細胞に接触させたとき,
色素が菌体に移溶され, 染色される。(4) コロイド説: 細菌細胞はコロイド質であり,
この菌体ゲル状の表面にゾル状色素液が移行し, 吸着されてゲル中に拡散し, 染色されるなどがあります。また菌体と色素の結びつきを早めることを目的にした染色の増強としては,
物理的操作の加熱があり, 増強剤としては酢酸, 蓚酸, 石炭酸, 炭酸水素ナトリウム,
アニリンなどが知られています。私達が推奨しているB&M法では, 最も安定したクリスタルバイオレットを1次染色液に採用し,
増強剤として炭酸水素ナトリウムを併用していましたが、この増強剤の代わりにクリスタルバイオレットの濃度と溶解液
(緩衝液) を工夫することで良好な染色像が得られる改良法neo-B&M (和光純薬)
を紹介しています。次に一次染色後はヨウ素の作用と脱色が連携しますが, Davis
は細胞表層の構造上の相違がグラム染色性として現れることをつきとめ, 一次染色液とヨウ素との複合体
(沈澱物) の分子量の違いが染色性を決定することを報告しています。さらに脱色液としては,
過度の溶性または不溶性にならないことが大切であり, Bartholomewは脱色力の速いのがメチルアルコール,
適当なのがエチルアルコール, 遅いのがブチルアルコールと報告しており, 検体の種類に応じて,
これらを選択するよう述べています。グラム染色方法によっては, 本来グラム陰性菌が陽性に染まることがありますが、その原因として一番考えられることはアルコールによる脱色不足と水洗不足です。アルコールによる脱色不足の場合は標本全体がムラとなり,
鏡検スポットを移動させると陽性と陰性が分かれて染まっていることがあります。つまりアルコールが全体に行き渡らなくて部分的に脱色され,
直ぐに水洗したためにこのような現象が起きるものと思われます。特に濃厚な喀痰,
膿などを厚く塗抹した場合や発育集落の菌苔を濃く塗抹した場合に見られます。このような場合には,
脱色が速やかなアセトンアルコールによる脱色をお薦めします。そのためにB&M法ではアセトンアルコールによる数秒の脱色を指示しています。そして水洗ですが,
一般的には標本裏面からゆるやかな水圧で静かに洗浄するように指示されていると思います。しかし,
うまく材料塗抹面全体が洗浄されない場合はムラができやすくなりますので, 私達は塗抹面のスライドグラス一端から直接水を流し,
水洗しています。最近では自動染色装置が開発され, 水槽の中の流水でスライドグラスを軽く上下させながら水洗する方法が紹介されています。
質問の文章には, 実習病院と学校でのグラム染色方法の明記がありませんので,
最初に一般的なグラム染色理論と方法を概説しました。これまで多くの研究者がグラム染色の操作法を報告しておりますが,
利用する色素や薬品の種類・製造メーカー・製造ロット・使用濃度・溶媒・調整液の保管などの組み合わせがうまく調和され,
手技がうまくできた場合に正確な染色判断ができることになります。ですから,
“こだわり”があろうかとは思いますが, 方法によって時間や操作法が異なることになり,
これを熟練のコツと自負される方もいます。私達が推奨するB&M法も時間を指定していますが,
経験上, 操作方法や時間にこだわらなくてもきれいな染色ができますのでお試しください。最近,
神戸大学保健学科の研究グループがすべてのグラム染色操作を1秒で行い (途中の水洗は省略),
最後だけ3秒間の水洗で良好な成績が得られることを報告しています。これは培養した菌集落のグラム染色の場合であり,
検体 (特に喀痰などの濃厚材料) では少し無理があるようです。しかし, 発想としてはすばらしく,
私達も現在追試しております。このように, 自動化を含め, 操作や時間にこだわらないグラム染色法が紹介されておりますので,
有識者先輩である実習病院の先生の意見や学校での経験を踏まえて, 自分なりに研鑽することが大切ではないでしょうか。以下の文献も参考にしてください。
[参考文献]
(1) 山中喜代治: グラム染色,JARMAM 12 (2): 81_90, 2002
(2) 山中喜代治: グラム染色 Bartholomew & Mittwerを試そう. 日本臨床微生物学雑誌
3: 21_26, 1993. 1993
(3) 山中喜代治: 迅速検査としてのグラム染色 Bartholomew & Mittwer
(B&M) 染色法を中心に. Med Technol 23: 205_213, 1995. 213, 1995
(4) 湖城明子, 他: 改良グラム染色液neo-B&M ワコーと自動染色装置
POLYSTAINERを用いたグラム染色検査の実用性について. 医療と検査機器・試薬.
25: 455〜465, 2002.
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