05/12/09
05/12/12
■ グラム染色の原理
【質問】
 ○×大学微生物学講座で教員をしている者です。グラム染色の原理について質問があります。現在, 学生実習でグラム染色を行っております。レポートとしてグラム染色の原理を書かせましたら, カラー版 「染色法のすべて」(1988年 MedicalTechnology 編)における以下の文章を転載してきた学生がいました。
 
原理
 グラム染色の機序ははっきりしない。一般にグラム陽性菌は細胞壁にグラム陽性物質とよばれるリボ核酸マグネシウム結合物があり, パラゾールアニリン系色素のアルカリ溶液とルゴールあるいはピクリン酸のような酸性媒染剤を作用させるとアルコール不溶性物質として細胞に沈着する。これに対し, グラム陰性菌はリボ核酸マグネシウムがないので (以下略)

 私が習った. または理解している原理である細胞表層構造の物理的な違い (ペプチドグリカン層の厚さなど) がグラム染色性に関して主要な因子であるとは違う記述であり, いったいどういった背景でこのような記述がされているかについて非常に興味を持ちましたが, 調べてみてもわかりませんでした。もしよろしければ, 教えていただきたいです。よろしくお願いします。

【回答】
 発色団を含む芳香族化合物Chromogen (無色またはわずかに着色) に水酸基やアミノ基などの原子団が加わると染色性が生じます (例えばアゾベンゼンにアミノ基が入るとクリソイジンとなる)。これを細菌の染色に利用しているのがトリフェニールメタン系色素のクリスタル紫や塩基性フクシンなど, キノン・イミン系色素のメチレン青やサフラニンなど, キサンテン系色素のエオジンやブロムチモールブルーなど, アゾ色素のビスマルクブラウン, そして天然色素のヘマトキシリンなどです。これらの色素による細菌細胞の染色像について, 当初は光の屈折率を利用した色の濃淡で鑑別できるよう工夫しておりました。その後, 細菌細胞の特質と色素との吸着性および化学的親和性に基づく次のような染色理論各説が唱えられるようになりました。即ち, (1) 物理的説 (菌体の隙間から色素が侵入し, 染色液の冷却などにより色素定着が完了して染色される), (2) 化学的説 (細菌蛋白質の酸性部分には塩基性色素が, また塩基性部分には酸性色素が結合して染色が成立する), (3) 固溶説 (2種類の溶媒が相接する場合, 色素は溶解力の大きい方に移ることから, 色素溶液を工夫して細菌細胞に接触させた時, 色素が菌体に移溶されて染色される), (4) コロイド説 (細菌細胞のゲル状表面にゾル状色素液が移行し, 吸着されてゲル中に拡散して染色される) などです。また, 実際の染色操作時には多くの物理的, 化学的要因が関与することも知られており, (1) スライドグラスの質と被検材料種類, (2) スライドグラスの固定操作, (3) 染色液の純度, (4) 染色の増強 (物理的には加熱があり, 増強剤としては酢酸, 蓚酸, 石炭酸, 炭酸水素ナトリウム, アニリンなど), (5) ヨウ素の作用 (細胞表層の構造上の相違がグラム染色性として表れ, 一次染色液とヨウ素との複合体の分子量の違いが染色性を決定する), (6) 適度の脱色液 (エチルアルコールやプロピルアルコールが適性), そして(7) 短時間の水洗などをよく理解したうえで実行することが大切です。

 Christian Gram (1884年) は肺炎患者標本中の肺炎球菌を鑑別染色するために, 標本を無水アルコールに浸し, エールリッヒのアニリンゲンチアナバイオレットで一次染色, ヨード溶液 (ヨード1: ヨードカリ 2: 水300) を作用させ, 無水アルコールで完全に脱色するまで浸した後, オイゲノールに漬け (この時点で肺炎球菌は濃青色に, 他の細胞の核と基本組織は淡黄色に染まる), 最後に弱いビスマルクブラウン液に漬け, 再度アルコールで脱色する方法を1884年に考案しています。これを改良したのがHucker & Conn (1923年), Lillie (1928年), そしてPreston & Morrell (1962年) などです。このように, グラム染色は細菌細胞の表層構造の違いによって染色性が異なることを利用しており, 一次染色液とヨウ素液との複合体の大きさと細胞壁ペプチドグリカン層および細胞質膜の密度との関係, さらに脱色剤と細胞壁蛋白・脂質の溶解度の関係によって染別しています。

 以上, グラム染色の機序を簡単に述べましたが, これらのことから, 私もご質問のお考え, 判断で十分だと考えます。古くは証明できないいくつかの説が唱えられた時代もありましたが, 現在では上記内容で概ね納得しているものと思われます。ただし, 分類学上のグラム染色性が示されている菌種であっても, 染色液の種類, 染色方法によって異染色される場合もまれに見られますので注意が必要です。特にハッカー変法は, 一次染色とルゴール液の作用不足, エタノールによる脱色加減, サフラニン液の難染色性が指摘され, 熟練を要する方法のひとつでした。これを解消したのがBartholomew & Mittwer 法であり, 私達はさらにこれを改良てしneoB&Mワコーを紹介していますので一度お試しください。

(大手前病院・山中 喜代治)


【質問者からのお礼】
 お返事ありがとうございます。非常に参考になりました。これからもよろしくお願いします。


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