05/05/17
■ グラム陽性双球菌???
【質問】
 はじめまして。臨床検査の専門学校へ通う者です。今は二年生になったところなのですが, 先日, 微生物の実習で自身の口腔内の細菌を綿棒で採取し, グラム染色しました。顕微鏡で見ると, グラム陽性双球菌と思われる像が見られました。この細菌がなにかを調べなければならないのですが・・・少し戸惑っています。どうか, ご協力お願いします。

【回答】
 口腔内を綿棒で拭ってグラム染色すると, 実に多種多様な所見が顕微鏡下に観察されるはずです。グラム陽性球菌, グラム陰性球菌以外にもグラム陰性の桿菌やグラム陽性の桿菌, そしてご自身の口腔内の上皮細胞も必ず一緒に見えましたよね。私たちヒト由来の細胞は「グラム陰性」に染色されるはずですので, ご自身の口腔内上皮細胞が核まで奇麗にグラム陰性に染色されていた否かで, あなたのグラム染色は巧く施行されていたか否かを判断することもできるのです。

 さて,「顕微鏡で見ると, グラム陽性双球菌と思われる像が見られました」とのことですが, 観察されたのが「グラム陽性」までは正しいとしても,「球菌」なのか,「双球菌」なのか,「レンサ球菌」なのかの識別は困難なです。つまり, Staphylococus でもブドウの房状に見えず, また Streptococcus でもレンサがほとんど観察されずに, いずれも「双球菌」に見えたりすることはよくあることなのです。ということから, 正常なヒトの口腔内の (常在) 菌をグラム染色所見から的確に推定することは難しいということです。「この細菌が何かを調べなければならない」とのことですが, グラム染色だけでは「グラム陽性の双球菌」以上はわからないのです。

 「この細菌が何かを調べる」という行為が,「同定 = Identification」を意味するのでしたら, そして, 血液寒天培地を好気培養した結果, 培地上に形成された集落のグラム染色所見が「グラム陽性の双球菌」だったとしたら, この先の各種性状確認試験によって「同定」が可能になります。Staphylococus の可能性, 常在菌としてのいわゆるα-streptococccus や γ-streptococusや Streptrococcus pneumoniae の可能性, またβ-streptococus の可能性も考慮しながら検査を進めていけばよいのです。

 でも, 嫌気培養後に血液寒天培地上に上述の集落が発育したら, 次は, その集落形成菌が好気培養でも発育可能な細菌か否かを調べます。好気培養でも発育可能でしたら「通性嫌気性菌」ですし, 好気培養で発育不能でしたら「偏性嫌気性菌」です。また, 微好気培養や炭酸ガス培養で初めて発育可能な菌だとしたら「微 (好) 気性菌」です。

 つまり, グラム染色所見だけでは, 通性嫌気性菌なのか偏性嫌気性菌なのか, または微 (好) 気性菌なのかさえ判断できないのです。グラム染色所見は菌種同定を進めていく上で極めて重要な情報源になるのですが, それだけで同定に至ることはできないのです。

 「この細菌が何かを調べる」の文を, 回答者の私がどのように理解するかでこの回答は変わってきます。私なりの理解で回答をしてみましたが, ご質問の的は大きく外れていなかったでしょうか??? 質問者は, 臨床検査技師を目指している学生さんです。今は学習していなくても, 教科書の先を読み進めていくと疑問点の解決に結びつく記載に出会えるかも知れませんし, また学校の図書室には解決に結びつく書籍が並んでいるかも知れません。「何かを調べる」という行為は, サイエンスの出発点なのです。

・ 「サイエンス」とは, 判らないことを判ろうとする作業 (謎解き) です。
・ 「謎解き」は実に面白く, しばしば熱中させてしまう最大の要因です。
・ 「学問 = サイエンス」は「基礎知識修得」から始まります。
・ 「既知の知識の修得」こそが, サイエンスへの第一歩です。

 質問者の「何かを調べる」という行為が未知の領域であれば, これこそが研究者が胸をときめかせて没頭する「研究」そのものなのです。「未知の領域の開拓」は, 既知の知識から, わずかな数歩を踏み出すことから始まるのです。「知らないこと」を知る努力をすることはとても大切なことです。その「知らないこと」は貴方の勉強不足なのか, または世界中の誰もが知らないことなのかは勉強しないとわかりません。また, わかろうとする為のアプローチの手法にはどんな種類があるか, そしてどの手法でアプローチしていくのが最善か等々。学生さんの仕事は勉強です。大いに勉学に勤しんで, 充実した学生生活をお過ごしください。

(信州大学・川上 由行)


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