04/10/12
04/10/18
■ 術前の細菌検査の意義
【質問】
 何日か前に, 大学でMRSAの術後感染で死亡した話がありました。話では医師が結果を見落としたことで死亡したみたいですが・・・そこの病院では術前に細菌検査を行っているようですが, 術前検査スクリーニングをしたほうがいいのか, 別にしなくてもいいのか, 疑問があります。

私たちの病院でも, その話があってから術前検査をするか否かで迷っています。術前検査の必要性はあるのでしょうか? 御意見をお聞きしたいと思いメールしました。忙しいとは思いますが, よろしくお願いします。

【回答】
 難しい問題です。個人的には“術前検査はほとんど意味がない”と考えています。その理由は, 術前検査の結果が術後の将来をほとんど予想できない代物であり, 術前検査の結果から術後の感染の有無や感染原因菌をあらかじめ決定することができないからです。術前検査の感度と特異度はどの位の値になるのでしょう・・・ほとんど0% (ゼロ)ではないかと想像しています。ただ, これを主張するには前提があります。術後に発生した感染症の診断と検査を速やかに, 正しく行えるということです。このような検査環境が確保されていれば, 事件 (術後感染) が起こってから対応しても充分だと考えます。術前検査は診療科に過剰な反応と対応 (オーバー・ダイアグノーシス)を強いるのではと懸念しています。

 これはあくまで個人的な意見であり, 勿論, 術前検査の必要性を強調される専門家もおられることは認識してください。

(琉球大学・山根 誠久)


【読者からの意見】
 個人的には“術前検査はほとんど意味がない”と考えています。
 国立大学医学部付属病院感染対策協議会病院感染対策ガイドライン (H14. 2)の3−3)−2.に・・・“侵襲の大きい手術前に鼻腔にMRSAを保菌している場合は, ムピロシン軟膏を塗布してよい”とあり, その根拠としてCDCのSSI防止ガイドラインを参考文献としてあげてありますが, 同ガイドランをみるとそのような記載はなく, The effect of mupirocin on reducing SSI risk is yet to be determined.と未解決の問題としてあります。また, MRSAの術前検査が有効とする人たちがその根拠とする文献に, Kluytmans (Infection Control and Hospital Epidemiology 1996) がありますが, これは術前のMRSAの有無にかかわらずムピロシン軟膏を塗った群と塗らなかった群での比較であり, MRSA陽性ならばムピロシン塗付をしてよいという根拠とはならないものです (ムピロシン塗付群/非塗付群に何%のMRSA陽性者があったのかの記載すらない)。また, 心臓手術のSSIでは心臓バイパス手術では静脈グラフト採取部のSSIも考慮する必要があるという特殊性がありますが, 心臓バイパス手術の割合も異なるなど, コメントしたBoyesが述べているようにムピロシン塗付群と非塗付群の同一性についても疑問があります。その後, Perlらの論文 (NEJM 2002) がでましたが, 対象が一般手術が多かったことから話題にあまりならなかったのですが, Kluytmans論文の再評価となるMRSAの有無によらずムピロシン塗付群とムピロシン非塗付群での比較では差がでませんでした。Kluytmansと違い, 彼らはMRSA陽性群と非陽性群でのムピロシン塗付におけるSSIと術後の院内感染の比較をもしていますが, SSIでは有意差が出ず, 黄ブ菌による院内感染発生率のみ差がでています。ムピロシン塗付をしだすとムピロシン耐性菌が増えたという報告もあり, “術前にMRSA鼻腔検査をして陽性者にはムピロシンを塗る”かはまだ未解決の問題と思います。よって, 国立大学医学部付属病院感染対策協議会病院感染対策ガイドラインには疑問があり, それを根拠として担当医の責任を問うK大学側にも疑問があります。多くの先生にお話をお伺いしていますが, ほとんどはJARMAM質問箱の回答の山根先生と同意見でした。なのになぜ・・・と思わずにはいられません。本研究会の発展をただただ祈るばかりです。


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