■ 嫌気性菌培養についての基礎知識 | |
【質問】
いつも先生方の丁寧な回答をありがたく拝見させて頂いております。 さて現在, 嫌気性菌の薬剤感受性試験を考えております。以前にもガスパックを使ったカンピロバクターの培養を試みたことはあるのですが, 菌の生育はまったく見られずにあきらめておりました。今回は, なんとか成功させたいと考えておりますので, ご教示頂けると幸いです。 (1) 菌株としてP. gingivalisを考えております。培地には「トリプチケースソイ寒天培地(BBL)」にウマ血液を添加して使用するようですが, 血液を添加した場合でも, 微量液体希釈法での薬剤感受性試験は可能でしょうか??? それとも寒天平板希釈法, あるいは金属カップ法を選択した方が良いのでしょうか??? (2) その場合, CO2濃度を20%で実施してもいいのでしょうか??? それとも通常は10%で行うものなのでしょうか??? (3) 液体あるいは寒天培地の脱気はどのようにすればいいのでしょうか??? この質問箱に「オートクレーブ後, 水冷却にて脱気する」との記載がありましたが, 血液を後添加する場合にもこのようにして脱気しても良いのでしょうか??? また調製後の培地は1晩くらい, 嫌気状態に放置した方が良いのでしょうか??? (4) 菌の塗抹・希釈・脱酸素剤による嫌気状態到達・・・・など, かなりの時間, 菌を酸素に曝しておくことになりますが, どのくらいの時間内に操作を終了させれば, きちんと生育できるものでしょうか??? 最後になりましたが, 嫌気性菌培養方法についての適当なテキストがございましたらご紹介頂けるとありがたいです。 長くなってしまいましたが, 判らないことだらけですので, どうぞ宜しくお願い致します。 【回答】
(1) Porphyromonas gingivalisの薬剤感受性試験法についての質問ですが, 臨床細菌学, 化学療法学の分野で, 国際的評価に耐えうる結果を得ることができる寒天平板希釈法NCCLS法に従うのが得策でしょう。現時点では, ヘミン/メナヂオン添加ブルセラ寒天培地+5%ヒツジ溶血血液寒天培地を基礎培地に使用しています。寒天平板希釈法であれば, 嫌気性菌を扱える基本的な技術を修得した人であれば, 問題なく測定できるでしょう。基礎培地ですが, 歯科領域の細菌学者は, トリプチケースをベースにする人が多いのですが, NCCLS法では推奨していません。嫌気性グローブボックス (チェンバー) を使用しないとの条件設定ですので, 菌液調整から接種までは大気中で行います。大気中での作業時間をいかに短くするかがポイントです。同時処理する菌株数で時間が変わってきますが, 20分間以内で大気中での作業を終えることができる菌株数で実験を組み立てて下さい。 ヘミン/メナヂオン添加ブルセラブイヨンに溶血血液 (5%) を加えた培地を使用する微量液体希釈法 (NCCLS法) があります。しかし, これはBacteroides fragilisのような比較的耐気性の強い嫌気性菌のために設定された方法です。一つのウェルの中に入れる培地量が少ないので, 酸素の影響が大きくなります。従って, P. gingivalisのようなfastidiousな嫌気性菌にとっては, かなり厳しい環境での試験となります。嫌気性グローブボックス (チェンバー) のない実験環境では, この方法の実施は難しいでしょう。市販の微量液体希釈法用の感受性測定用培地がありますが, この菌種では安定した成績を得るのは難しいです。嫌気性菌に対するディスク法は, NCCLSで承認されている方法はありません。しかし, Eテストは世界で比較的広く使用されています。ディスク法, そしてカップ法もNCCLSでは承認された方法ではありませんが, 研究目的であれば使うことが可能です。大気中での操作の時間を20分間以内を目安として下さい。 (2) 炭酸ガスの濃度をあげれば, P. gingivalisの発育はよくなりますが, 薬剤の抗菌力に影響を与える場合がありますから, NCCLS法では5% (ガスパック法の場合に相当) を用いるように記載しています。しかし, 我が国でよく使用される嫌気環境作成試薬は, 炭酸ガスが高いものが多い (10%〜20%) のです。しかし, 感受性測定用には少なくとも10%程度となるような試薬を採用すべきです。 (3) 脱気は, 液体 (半流動) 培地の“脱酸素”という意味で使います。嫌気性菌培養では, 液体培地より半流動培地をよく使用します。半流動培地中に加えられる濃度の寒天は, 大気保存中の酸素の侵入を遅くするためのものです。作製したら, 大気中保存で1週間以内に使用するようにします。保存してあった培地は, 沸騰水中に10分間ほど置き, 急冷する操作, 脱気を行います。血液 (あるいは血清) を添加する必要のある場合には, 使用直前に, 血液を含まない培地を必要な数だけ脱気操作します。そして, 血液を無菌操作で加えて使用して下さい。これとは別に, 半流動培地を作成し, 脱気後に小分けして嫌気性の環境 (嫌気ジャーとか嫌気パウチ) に保存しておけば, あるいはハンゲートのチューブというスクリューキャップ付試験管に分注できれば, その培地の使用可能な日数は大幅に延長するでしょう。1ヶ月間は問題ありません。寒天を含まない液体培地では, 半流動培地より大気中に保存している間の酸素暴露の影響が大きくなります。酸素は培地の成分と反応して, 培地中の過酸化物などの嫌気性菌に対する有害物の蓄積をもたらします。脱気操作は, 過酸化物に対しては何の意味もありません。液体培地は, 作製後, できる限り酸素に触れさせないように保存する必要があります。寒天培地は作製したその日のうちに使うようにします。これを“新鮮培地”と呼びます。回答者は, 感受性測定用平板は, 培地の表面を乾燥後1時間以内に菌を接種し, 嫌気環境に収めるように実験計画を立てています。分注してから2時間以内に嫌気培養にもっていければ, 安定した成績が得られるでしょう。明日使用する予定の平板を, 今日のうちに作製し, 嫌気環境下で一夜保存しておいた培地は“予備還元した培地”といいます。「新鮮な培地を大気環境で冷蔵庫保存して, 使用する前の日に嫌気的な条件において使う人がいます。このような培地も還元された培地と表現されますが, 質はかなり悪いことを知って下さい」。大気保存中に, 培地に過酸化物が蓄積しています。嫌気性菌用培地には, 通常種々の還元剤が, 種々の濃度に含まれています。還元剤存在下での酸素暴露は, 還元剤非存在下での酸素暴露よりはるかに有害であるからです。嫌気性菌に最も適した培地は, 嫌気的に培地を溶解した後, 還元剤を加え, そのまま嫌気的に滅菌し, 嫌気的な環境で分注し, 固化させ, 嫌気的に保存してある培地, PRAS (Pre-Reduced Anaerobically Sterilized 培地) であることを忘れないで下さい。このような培地を自製することは難しいので, 妥協しているのです。 参考書として, HR Jousimies-Somer他のWadsworth-KTL Anaerobic Laboratory Manual 6版, 2002 (Star Publishing Company) をお薦めします。岐阜大学のホームページで紹介している出前講座があります。 (岐阜大学・渡邉 邦友) |