05/03/14
05/03/15
■ 菌株の所有権
【質問】
 いつも「質問箱」で勉強させていただいております。微生物学とは直接関係のないことかもしれませんが, ご意見をうかがわせてください。

 私は民間の検査センターに所属して検査しております。時々, 興味のある菌株を見つけ詳細な性状などが知りたく, 研究機関や試薬メーカーなどへお願いして調べていただくことがあります。その時,「この菌株を分与してもらえないか」と言う申し出を受けることがあり, そのたびに困惑してしまいます。「この菌株は誰の所有物なのか??? 誰の許可が必要なのか???」。患者さんの検体組織であれば, 所有者は患者さんかな???と思いますが, 排泄物の中に存在していた細菌と言うのはどう考えればよいのでしょうか???「個人情報」,「所有権」に関係してくるのでしょうか??? 何か「公式な見解」などあれば教えてください。よろしくお願いいたします。

【回答】
 大変難しい問題です。先日, 私も某紙に倫理観がないと叩かれました (むしろ私は被害者だと思っていますが)。この事例では, 私の検査室で分離した菌株を別の方に分与し, 分与先の方が論文を書かれたのです (なんの通告もなく)。

 菌株の所有権については, 広く認知された法律的解釈や権威筋の公式な見解はないと思います。個々の事例で, 個々に対応することになると思います。ただ, ATCC (American Type Culture Collection) は, 購入した施設から別の施設に無断で分与することを厳しく禁止しています。時々, ATCCからの購入実績がないのに, 論文で使っていることが問題になります (実際には, 無断で, 密かに分与されているのも事実ですが)。

 質問者の場合には, ふたつあるいは3つの間が問題となります。ひとつは患者と医療機関, もうひとつは医療機関と検査を受注する検査センター, そして分離した検査センターと分与依頼してきた施設・・・(1) の場合, 患者は自らの治療を目的に, 検体を自発的に, あるいは同意して提供している訳で, 一義的にその目的に合致するものがあれば, 異を唱えることは少ないと思います。その後, 分離された細菌が非常に貴重で, 商品価値が発生すれば別かもしれません (HeLa細胞のように)。(2) の場合も同様でしょう。ただ, 医療機関にしろ, 患者にしろ, 診療に関わる範囲で検査センターに発注するという契約内容があれば, その範囲内での自由裁量に限定されると考えます (私の施設では, 治験症例で分離菌株を検査センターに分与するのですが, その契約には, 菌株は治験にのみ使用し, 治験終了時には廃棄すると明記しています)。問題は (3) でしょう。(1) と(2) の問題が解消されれば, 自発的に依頼先に分与することはできると思います。ただ, 分与条件の内容を充分に吟味されることです。4月1日から施行される個人情報保護法もあります。当然ながら菌株を分離された質問者の施設の貢献も評価されるべきでしょう。患者と検査依頼をした医療機関の利益をも含めて守るという観点から分与条件を考慮してください。口答での了解は最も危険です。

 余り厳しい環境も学問の進歩を遅らせます。と言って, 余りにもルーズな対応では, 昨今問題となるでしょう。皆さん, 試行錯誤しながら対応しているというのが現状だと思います。

(琉球大学・山根 誠久)


【質問者からのお礼】
 「菌株の所有権」への丁寧なご回答, ありがとうございました。分与した相手がどのように使用するか・・・その倫理的な問題なのではないかと思いました。我々にとっては「細菌についての常識的な事実」のつもりが, 患者さんや細菌に詳しくないドクターにとっては「全く知らされていなかった事実」,「何か隠されていることが・・・という心配」となり, 我々も同じ不安を分与先施設に対して持ってしまうと思います。相手の方が自分達よりも何かの面で有利なのでは??? 自分達が理解できていないことで不利益になったり, 被害を受けたりしないだろうか??? という不安は完全に消すことが難しいかもしれません。情報の共有化, 説明責任など, その時点で情報を多く持っている側に責任が出てくるのではないかと思いますが, 情報の中で「常識」と思っている部分が立場によって異なることからの説明不足も出てくるように思います。紳士協定, モラル, 常識・・・それらをもって「了解」をしていたように思いますが, 相互理解の差により, 結果的に「悪用」(そのつもりなく利用しても, 相手に不利益を生んでしまう限り, 残念ながらこう呼ばざるを得ないかも知れませんね) になってしまうのであれば, 最低限, 標準的な説明責任事項, 説明を受けた側の理解了承義務事項, 両者の必須確認事項などを決めたものがあれば・・・と思います。標準確認事項にオプション的に, その事例に関してのみ有効な条件などを追加して使用できれば, 安心して菌株を使用でき, また貢献度の主張も出来るように思います。個人情報保護法や先般の「青色LED裁判」など, 法的な問題, 日本社会の観念, 倫理観, 自己責任感など, 社会問題としての幅の広さの中に「感染症だからこその注意点」もあり, 複雑な思いです。「分与条件, これだけは気をつけて」的なガイドラインのようなもの, あればよいのですが・・・。これからも, 少しずつ情報を集めたり, 勉強していきたいと思います。ありがとうございました。


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