05/04/19
■ 細菌による糖分解について
【質問】
 農学部三年に所属するものです。微生物の実験でVP test, MR test, OF testを行った結果が以下のようになりました。
 
  菌 種
VP
MR
OF
Micrococcus luteus 
Enterobacter
F
Staphylococcus aureus
F
Pseudomonas fluorescens
+++
O
Bacillus megaterium
++
Escherichia coli
+++
F
Bacillus subtilis
++

 VPが陰性のものはMRが陽性となり, VPが陽性のものはMRが陰性となると思うのですが, そのような結果が出ないのは何故ですか。

また, 糖を分解するはずの菌であっても, OFで培地の色に変化が見られなかったのは何故ですか。例えば, Bacillus subtilis はVPが陽性であればMRは陰性, OFでは糖の分解による培地の色の変化が見られると思うのですが。

【回答】
 まず最初に質問者は誤解しています。VP が陽性だと自動的にMRは陰性, またその逆も同様というのは間違いです。多くの腸内細菌科の菌種はMR とVPとが逆の結果を示すのも事実ですが, 培地のアルカリが強くなるとアセトインが形成されるため, MRが陰性になりVPは陽性になります。しかしHafnia alveiProteus mirabilis のような菌種ではVPが陽性を示すのは遅いのですが, MRも陽性になります。

 質問の内容はふたつの試験の測定原理と生化学反応が関与しています。
 MR testの測定原理は, 細菌がグルコース分解により, 最終酸性物質を産生し, 一定のpHを維持する能力の定性試験です。すべての腸内細菌はグルコースを分解しますので, MR/VP培地で18_24時間培養すると, 発酵して酸性の代謝産物を産生する。従って, すべての腸内細菌はMR testをすると最初は陽性を示します。しかし同じ腸内細菌科でも, MR test 陽性と陰性の菌種が存在するという疑問が出てきます。これは, ブドウ糖発酵菌種ではグルコースを代謝してピルビン酸になります。ピルビン酸は, 解糖系の中間代謝産物であり, MR test陽性の菌種はピルビン酸から乳酸, コハク酸, ギ酸などの多量の酸を産生します。ギ酸が分解されると水素と二酸化炭素が生じます。MR test陽性菌種ではグルコース代謝からH2とCO2をガス比 1対1で産生しますので, 安定した酸を産生して高濃度に保ちながら, pHをある一定の値 (pH 4.2以下) にし, すべての活性が停止します。MR test 陰性菌種もピルビン酸から酢酸, 乳酸, ギ酸を産性します。しかし, これらの酸はさらに炭酸や二酸化炭素にまで分解を受けます。また培地中のたんぱく質からアンモニウム化合物が作られることによってpHが中性方向へ逆転するため, pHの低下 (pH 6.3以上) が起こり, 結果的にMR test陰性となります。MR test 陰性菌種は陽性菌種に比べ, 多くのエチルアルコールを産生し, 酸は少量しか産生せず, H2を2倍量のCO2 (ガス比 1対2) で産生します。水素の発生がないのは水素分解酵素をもっているためです。

 VP test の測定原理は, 細菌がグルコース分解により, 中性の終末産物であるアセチルカルビノール (アセトイン) の産生を確認する試験です。VP testも, MR testと同様に, グルコースを代謝してピルビン酸になり, ギ酸, 酢酸, コハク酸, エタノール, 水素, 炭酸ガスを生じる反応系で, MR test 陰性菌種の場合, 上記の理由からpHは中性であるため, 酢酸が中性の最終産物であるアセトインと2,3-ブタンジオールに変換されます。その結果, VP test 陽性となります。このように, MR testとVP test が相反する結果になる理由は, 培地中のグルコース分解によって生じる代謝産物とpH に影響されるためです。また, MR testが有効であるかどうかは, グルコース代謝の差をなくすため十分な培養時間が必要です。35_37℃で最低2日間培養して判定する必要があります。48時間以内の培養でMR testを判定してはいけません。MR test 陰性菌では, グルコース発酵で蓄積した初期の酸性物質が完全に代謝されていないためにMR testは陽性になります。質問者の試験の培養時間が記載されていませんので, 一致しなかった菌種についてはグルコースからの代謝経路を調べるか,または培養時間を延長して判定を実施して下さい。逆にVP test は3日以上培養して判定しますと, 陽性が陰性に判定される場合があります。これはアセトインを炭素源として利用できる菌種(例えばEnterobacter aerogenes)が存在するからです。

 B. subtilis で, VP陽性であれば, MRは陰性で, OF 培地に変化を認めないのは?という指摘ですが, Bacillus 属のピルビン酸からの最終産物は2,3-ブタンジオールですので, VP testは陽性になります。MR test が陽性に判定されたのは前に記載した理由と考えられます。

 ブドウ糖を利用しても, OF 培地が変化しない理由は以下のようなことが考えられます。
(1) OF 培地をすべての菌種の糖分解反応に適用できない。
(2) 酸化, 発酵い, ずれの試験管でも酸を酸性しない場合には, 他の種類の基礎培地で試験を実施する。
(3) OF 培地でのブロムチモールブルーが毒性に働く菌種がある。
(4) 非常にゆっくりグルコースを分解する菌種がある。
 Bacillus 属の場合は(1)が原因ですので, 下記の培地で試験して下さい。
・糖加アンモニウム塩寒天培地
(NH4)2HPO4 1 gram, KCl 0.2 gram, MgSO4・7H2O 0.2 gram, 酵母エキス 0.2 gram, 寒天 20 gram, 蒸留水 1,000 ml, ブロムクレソールパープル0.2%溶液 4 ml。
培養は7日間培養して判定する。

 Staphylococcus, Micrococcus の場合も(1)が原因です。これらの菌種でのOF 試験の結果は方法によって変動があります。変法Baird-Parker培地またはpH 指示薬加チオグリコール酸塩培地に接種して, 5日間培養後, 判定します。またこれらの菌種でのVP testは, 培地中のリン酸塩がアセトインの産生を阻害します (腸内細菌ではみられない)ので, Staphylococcus, Micrococcus属のVP testにはリン酸塩を含まない培地を使用して, 14日間以上培養した後, 判定します。

 細菌の菌種同定では, 試験名が同じでも, 試験する菌種によって培地や培養時間が異なる場合が多々あります。試験を実施する前に, 試験菌種が試験方法に適応するか否かを考慮して下さい。

(琉球大学・仲宗根 勇)

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