■ 塗沫検鏡での貪食像について | |
【質問】
いつもこのページを拝見して勉強させていただいております。本日は質問があり, メールさせていただきました。現在, 製薬企業の開発部門で抗生剤の開発モニターをしております。 抗生剤の治験においては, 病原体を分離できるまでに時間がかかってしまう関係で, 通常, 病原体を推定できた段階でエントリーしていただいているのが現状かと思います。弊社の治験においても, 細菌性肺炎が疑われる場合, エントリー前に喀痰の鏡検やグラム染色にて起炎菌を推定していただくことを推奨しております。鏡検の際は, 貪食細胞数も参考にしていただいております。今回, 某施設の細菌検査担当の方から,「(喀痰中の貪食細胞数については) 常在菌 (α-streptococcus, ナイセリアなど) がよく貪食されている印象がある。肺炎球菌が一緒に存在していても, あまり貪食されていない気がするが」とのご意見をいただきました。 (1) 私は今まで, 貪食数が多いものは推定起炎菌であると思っていたのですが, 私のこの解釈は一般的ではないのでしょうか??? (2) 某施設の細菌検査担当の方が指摘される上記のような事象は一般的にあるものなのでしょうか???。肺炎球菌について特有のものなのでしょうか??? もしくは, 上記の例では「肺炎球菌は検体中に存在していたが, 起炎菌ではない」と判断してしまってよいのでしょうか???。 基本的な質問かもしれず, 大変恐縮ですが, ご教示のほど, どうぞよろしくお願い申し上げます。 【回答】
質問(1) 貪食数の多いものが推定起炎菌であるかどうか??? 貪食数の多いものが, 比較的, 推定起炎菌である傾向にあることは間違いありませんが, 貪食されていない菌についても, 数量などから否定できませんし, 複数菌感染症もあり, 起炎菌の推定は総合的に判断すべきだと考えます。すなわち, 生体防御反応と細菌の側の反応ですから, 生体部位と菌種によって異なります。例えばYersinia pestisは極少ない菌数でも感染が成立しますが, Shigella spp. は千_百万個以上でないと発症に至りません。また, 莢膜をもつ細菌は物理的に貪食に抵抗性を発揮し, さらにStreptococcus spp. などは血液凝固因子で食細胞の移動を妨害するとともに, 毒素を産生して細胞を殺すこともできます。Pseudomonas aeruginosaは食細胞を活性化する補体を破壊し, Bacillus anthracisやCorynebacterium diphtheriaeは食細胞の自己分解を誘導する働きもあります。このような諸条件を考慮して, あらゆる可能性から起炎性の有無を判断することになります (検査を担当している臨床検査技師は, 日々, このようなことを頭のなかで吟味し続けているのです)。 質問(2) 某施設の細菌検査担当者の意見『喀痰中の貪食細胞の中には常在菌(α-streptococcus, ナイセリアなど) も含まれている印象があり、肺炎球菌が一緒に存在していても, あまり貪食されていない気がする』について??? この点は某施設の方の意見に同意できます。食細胞はいろいろな細菌を捕捉する訳ですから, 常在菌が含まれていてもおかしくありませんし, 例えば嚥下性肺炎の場合には常在菌を貪食した細胞が観察される傾向にあると思います。またStreptococcus pneumoniaeでは, 貪食細胞内よりも, むしろその細胞の外に莢膜をもつ菌体を多数認めることが多いように感じます。これはHaemophilus inflenzaeについても同様であり, むしろMoraxella catarrhalisでは貪食細胞が多く見られるように思います。このような菌種の差については, 菌体酵素と食細胞酵素および抗体の作用など, 複雑な因子が関与しているものと推察されます。いずれにしても, 食細胞の有無と数量については, 感染症の判断に大きな意義があり, 重要な点だと思いますが, 細胞外の菌体の数量と菌種もまた同様に大切であり, ひとつの判断基準にこだわらず, 総合的に判断することが肝要だと思います。最後に念のため, 急性感染症か慢性疾患か, 抗菌剤化学療法中であるかどうか, 検体採取時期と方法, 基礎疾患の有無とその疾患名, 年齢などの把握は, 真の起炎菌の判定に重要です。 (大手前病院・山中 喜代治)
【質問者からのお礼】
先日はお忙しいところ, 質問にご回答いただきましてありがとうございました。菌種の差, 患者背景の違いによる総合的な判断が必要であるということ, たいへん勉強になりました。今までは検査関係の本を参考にしていることが多かったのですが, 今後は細菌学からのアプローチもしてみようと思っております。重ね重ね, 誠にありがとうございました。 |