06/06/28
■ 運動性とスウォーミング
【質問】
 微生物学を学んでいる■■と申します。この前実習でプロテウス属のスウォーミングを観察したのですが, 運動性がある菌でスウォーミングする菌としない菌がいるのはなぜでしょうか。調べても詳しく出てこなかったので, 是非教えてください。お願いします。

【回答】
 運動性が確認できた細菌は必ず鞭毛をもちます。しかし, 鞭毛が確認できても運動するかどうかは定かではなく, 運動機能が失われたものや, 種々の条件によって運動の強弱が異なる場合があります。通常, 寒天平板上の集落の多くは辺縁明瞭な独立集落を形成しますが, 運動性の活発なProteus属の菌株では培地全体に広がるswarming (遊走) 現象が見られます。ただし, 非運動性株で滑走性 (Cytophaga属のglidingやChryseobacterium indologenesのslidingなど) もあり, これらと見誤らない様な注意が必要です。以下, 細菌の運動性と鞭毛, そして“swarming”について概説します。

(1) 培養条件と運動性
 A. 環境: 遊離酸素の有無またはその程度により, 細菌の発育性が異なりますので, 運動能力も同様に違ってきます。

 B. 温度: 一般的には25_30℃が運動に適しているようです。鞭毛染色に用いる菌株の前培養では, 通常の培養温度 (35℃) より低めの培養温度を設定し, 多くの運動細胞が得られるように考慮します。

 C. 培地: 運動性菌株を液体培地または半流動培地 (寒天濃度0.3_0.5%程度) で培養したら, 活発な運動がみられます。しかし, 1.5%寒天を加えた普通寒天培地に培養した場合には菌株によって運動性が異なり, さらに寒天量を増やすことで運動能力が極端に抑えられます。また, 培地に加える各種成分 (食塩, 胆汁酸, フェノール類, アルコール類, 抗菌薬など) の種類と量によっても運動性が失われます。反対に, 寒天濃度を少なくするか, 平板培地表面上を乾燥させないように水分を満たした状態で培養すると, 運動性が良好となりswarmingが起きやすくなります。従って, 同一の菌株であっても, 培地の種類や培養条件によって発育した菌集落の形状が異なってきますが, 寒天濃度1.5%程度でも盛んな運動性としてswarmingするのがProteus属であり, 他の菌種でも同一培地で培養時間を長くすると弱いswarmingが見られます。ただし, 有鞭毛運動性株でswarmingが見られない独立集落であっても, この集落から釣菌した細胞を顕微鏡で観察すると運動性が確認できますし, 低寒天濃度培地や液体培地に植え替えることで運動性が活発になります。

(2) 鞭毛
 鞭毛は0.02μm×10μm程度で, 数百個のアミノ酸からなる蛋白質 (フラジェリン) 数万個のフィラメントで回転運動します。フィラメントはフックに繋がり, 菌体外膜と内膜に潜む受容体 (固定子, 回転子, 軸など) に支えられています。これら走化性を担う機能はすべて遺伝子によって支配されています。ある種の鞭毛は1秒間に200回転し, 1000分の1秒で停止と逆回転が可能であり, 数秒ごとに立ち止まります。体表センサーで周囲の糖やアミノ酸濃度を測定し, 濃い方向へ進み, 薄いと方向転換しながら餌を求めて運動すると言われています。ただし, 物理的要因や種々の条件により1種または複数遺伝情報が伝達できなくなった場合 (遺伝子機能欠損株) は運動性に変化が見られることになります。

(3) スウォーミングSwarmingについて
 運動性菌株の中でも側毛の活発な株は寒天濃度が1.25_1.5%でもswarmingすることが実験で判明しています。これに対して極毛は, 寒天濃度によって異なり, 0.25_0.5%ではswarmingするものの, 寒天量が増すにつれて阻止されるようです。即ち, 極毛菌では菌体周囲の粘性度合いによってswarmingが制限されやすくなっているか, ある種の遺伝因子の切り替えが侵されているとも推測されます。もちろんswarming能力欠損株は論外となります。このことから, 極毛菌に比べて周毛菌の方がswarmingしやすいことがわかりますが, 同じ周毛菌であっても側毛運動能力の差によってswarming出現率が異なることも推察できました。また, 寒天平板上では極毛欠損を側毛機能で補っていることが考えられ, その逆は成り立っていないようです。以上のことを踏まえるとProteus属の株では, 側毛の運動性が抜群であると推察され, さらにこれを司る遺伝子の特殊性とも言えるのではないでしょうか。

 最後に, 高性能モーターとも言われる鞭毛のメカニズムは完全には解明されていませんが, この魅力に惹かれた自動車モーターを研究しているある研究員もいるようです。新潟大学医学部細菌学教室の松山東平先生は細菌の集団連携遊走とその時空的特性の中で, Proteus mirabilis集団遊走の動態 (等間隔同心円とその恒常性, 遊走停止と内発遊走波による形態形成, 表面占拠先端部の動態, 長菌相互協力による前進など), そして動的集合形成 (P. mirabilisのswarming形成後一定期間は斑点状分布の自己集合活動を行い, 核集合体は集団状態を維持したまま移動, 融合, 成長, 分裂を行う) について詳細に解析していますので見聞されたらいかがでしょうか。

(大手前病院・山中 喜代治)


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