07/07/03
07/07/09
■ 膣分泌物と羊水の細菌検査
【質問】
 毎回拝見して勉強させていただいております。私は国立病院で細菌検査を担当しております新人臨床検査技師です。当院の産科からの依頼で, 膣分泌物と羊水の培養を行っていますが, 自分のしている鏡検・培養作業・報告の仕方が本当に正しいのかと不安を抱いています。お忙しい中恐縮ですが, 以下の手順について, 直すべき点や加える点など是非教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

(1) 膣分泌物
培養: 輸送用スワブで運ばれてきます。それをブルセラ寒天培地, ヒツジ血液/チョコレート寒天培地, DHL寒天培地, カンジダ培地に塗布します。特に嫌気性菌の同定で悩んでいます。ブルセラ寒天培地は嫌気パウチを入れたジャーで35℃, 48時間培養した後, 血寒培地にはないコロニーを見つけたら再度ブルセラ培地へ純培養し (対比培養も行って), 嫌気性菌同定キット (RapID ANA, アムコ) で同定をします。ですが, コロニーが同定に用いる量になかなか培養できないために同定結果がいまひとつ信用できません。

鏡検: 小さなグラム不定の桿菌が見える場合はBVスコアを出してみますが, 染色結果だけでは確信が持てないため, 同定キットまで持っていった方がよいかどうか迷います。時間がかかるので, 染色結果でガードネラ, モビルンカスの存在を言えるのが理想ですが・・・

報告: ラクトバチルス, ビフィドバクテリウムがいれば“Normal Flora”と表記しています。いなければ表記しません。

(2) 羊水
培養: 嫌気ポーターで運ばれてきます。それをチオグリコレート液体培地, ヒツジ血液/チョコレート寒天培地, DHL寒天培地, カンジダ培地に塗布します。

鏡検: 羊水を1滴スライドグラスに滴下してグラム染色し, 鏡検しています。が, 陽性球菌に似た背景が多いので, もしわずかに細菌がいても見落としているかも知れません。幸い今までは増菌培地で検出されたことがないのですが, 臨床サイドは染色結果をみて帝王切開するか否かを決めるということなので, 染色が重要視されています。

以上です。長くなり, すみません。お返事お待ちしております。

【回答】
 産婦人科からの検査材料, 特に膣分泌物においては検索対象となる微生物の種類も多岐にわたり, また検査目的も症例ごとに異なるため, 実際には施設ごとに悩みながら, それぞれの実情に合った方法を工夫して実施しているのが現状ではないでしょうか。

(1) 腟分泌物
 まず患者情報, 検査目的などを知ることが大切だと思います。例えば妊婦さんの検体ではB群溶血レンサ球菌やカンジダ属のスクリーニングとして提出されることもありますし, 切迫流産や切迫早産などを疑う症状があって, 診断や原因検索の目的で提出される場合もあります。また細菌性腟症(bacterial vaginosis : BV)や骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatoty disease : PID)を疑って提出されることもありますが, この場合には質問にもありますように, ガードネレラや嫌気性菌を含む複数菌が関与する頻度が高くなります。使用培地については概ね質問者が使用されている培地で問題ないと考えられますが, すべての検体に一様ではなく, 医療経済の面も踏まえて, それぞれの目的に合った培地や培養法を選択することも大切だと思います。NugentによるBVスコアも利用されているようなので, Lactobacillusタイプの細菌が旺盛でBVスコアが低値の検体については, 嫌気性菌培養は除くことも可能かと思います。すでに実施されているかも知れませんが,「臨床微生物マニュアル?臨床嫌気性菌検査法’97?(日本臨床微生物学会)」には, BVスコアが4以上の場合に偏性嫌気性菌とガードネレラを含めたBV関連微生物の培養を行うことが望ましいと記載されています。もちろん, 現在使用されている培地だけですべての微生物が検出できる訳ではなく, ウイルスやクラミドフィラ(クラミジア)または梅毒トレポネーマといった性感染症(STD)の原因微生物を対象とする際には, 血清学的検査や遺伝子学的検査が別途依頼されるものと思います。

“コロニーが同定に用いる量になかなか培養できないために嫌気性菌の同定が今ひとつ信用できない”

 Rap ID ANA _の使用書には,”#3 MacFarlandの基準液と同等の濃度に調整します。この濃度より薄いと誤った反応結果となります”と明記されています。キット類は使用書に沿った方法で実施してはじめて精度が保証されますので, 同定に使用する菌量が足りなければ実施すべきではないと思います。キットの値段も安くはありませんので, どうしても同定が必要な場合には, 一旦発育した菌のグラム染色性だけでも中間報告をした上で, 必要量の菌液が得られるまで培養した方がよいと思います。嫌気性菌の中には発育の遅い菌が多く, 同定に苦慮することはよくあります。菌量を得るひとつの方法として, 寒天培地全面に一度白金耳で菌を塗り広げたのちに, さらに培地を60度程度回転させながら, 縦, 横, 斜めに交叉させて何回も塗り広げます。このことにより塗り始めの場所だけでなく菌が培地全体に均等に発育しますので, 同じ培養時間でもより多くの菌量を得ることができます。この方法でもなかなか十分な量が得られないこともありますが, 試してみる価値はあると思います。しかし仮に使用書通りの菌量が得られたとしても, 判定が難しい菌株は存在します。同定キットにより得られた結果と, 集落形態, グラム染色による菌形態や染色性あるいは芽胞の有無などの情報と照らし合わせながら総合的に判断することが大切だと思います。

“BVスコアを出してみますが,染色結果だけでは確信がもてない”

 確かにガードネレラの場合には, グラム不定で, なおかつ多形性を示すこともあるため, 単一の菌なのか, 複数菌が存在するのか分かり難いこともあります。確信がもてないということであれば, グラム染色にてガードネレラを疑う菌体が認められた検体については, ガードネレラ寒天培地(日本ビオメリュー)を追加して培養するという方法もあります。ガードネレラはヒト血液が含まれるこの培地上で溶血を示しますので, 鑑別が容易です。すべてに同定キットを使用すればより正確であるとは思いますが, 臨床的にはすべての検体において同定キットを使用する必要は無いと思います。モビルンカスは湾曲した特徴的な形態をしていますので, 検体が腟内容物であれば, ほぼグラム染色だけで推定可能であり, 培養同定は必ずしも必要ないのではないかと思われます。モビルンカスは非常に発育が遅く, 分離が困難なこともありますが, 発育すればCAMP反応を利用して鑑別することも可能かと思います。B群溶血レンサ球菌と同様に, モビルンカスとβ溶血毒をもつ黄色ブドウ球菌とを交叉させて培養することにより, 交叉部に溶血が認められます。また嫌気性血液寒天培地上で黒色または茶褐色の集落を形成するPrevotella属やPorphylomonas属は集落の着色が鑑別の目安になりますが, 48時間程度では着色が認められない菌株も多いため, 培養時間の延長が必要だと思います。またこれらの菌種は, 一部の例外はあるものの, 紫外線を照射することにより赤レンガ色の発色を示しますので, 鑑別の一助になると思います。

(2) 羊水
 羊水は本来無菌的な検体であり, 無菌的に採取された羊水における菌の有無は大変重要な問題だとは思いますが, 顕微鏡検査は培養検査よりも感度が劣ります。鏡検だけでは完全に感染の有無を判断することができないことを臨床側に理解して頂いた上で, 報告することも大切だと思いますが, もし羊水感染がある場合には, 免疫能が正常であれば白血球が増加しているはずです。白血球の存在する部分を丹念に観察して白血球の内外に菌が認められないかなどを確認し, それでも菌が認められない場合には検出限界以下の菌数であるか, またはグラム染色では染まらないその他の微生物による感染, 感染は無かったか, あるいは治療により消失したか等・・・様々な状況が考えられます。しかし白血球の存在自体が感染を含む何らかの炎症の存在を示唆する所見であるため, 菌は認められなくとも白血球の有無と量だけでも臨床的(帝王切開するか否か)には重要な判断材料になるのではないかと思います。

 ご質問の“陽性球菌に似た背景”というものがよく分かりませんが, 染色過程での水洗が不足すると, 前染色液が残ってしまったり, 残存する媒染剤などと後染色液が反応して顆粒が出現することがあります。染色の次のステップに移る前の水洗を十分に行うことにより, きれいで見やすい標本になることもあると思います。このような現象は比較的塗抹の厚い部分で起こりやすいため, 一滴滴下するだけでなく, 薄く塗り広げた部分も同時に作製して比較してみてください。

 産婦人科領域の検査は複雑で難しい分野だと思います。参考になる回答ができたかどうかはわかりませんが, 検査法については, 一度臨床の先生とも話し合ってみられたらいかがでしょうか??? 案外単純化できる部分もあるかもしれません。

(公立玉名中央病院・永田 邦昭)


【質問者からのお礼】
 ご回答くださり, 本当にありがとうございました。お礼が遅くなりまして申し訳ありません。ご説明を拝読し, 感激しました。教えていただいた手順を, 当検査室で行えるように試みてみようと思います。また, 産科の医師と, 検査や臨床症状について情報交換をすることの重要性を痛感しました。まだまだ経験の浅い検査技師ですが, これからも「質問箱」から勉強させていただきます。本当にありがとうございました。


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