■ 大腸菌の病原性での分類 | |
【質問】
何時も貴重な御教示を頂き厚く御礼申し上げます。保健所で感染症予防を担当している者で, 感染疫学について学習中です。 “Escherichia coliの病原性での分類名”について, 文献毎に若干ではあるものの色々な呼称があるようで, 病原性のある大腸菌はETEC, EIEC, STEC, EPEC, EAEC, DAEC, CDECなどで分類, 呼称されているようですが, 現在, 世界的に統一された分類名はあるのでしょうか??? あるとすれば, それは何時, 何で (どこで) 定められていますか, また, それはどんな違い (定義) によって明確 (遺伝子因子の保有別, 毒素産生の別などで) に分類されているのでしょうか。 基礎的すぎる内容でもあり, お忙しいところ誠に恐縮ではございますが, 御教示を頂きますようにお願い申し上げます。 【回答】
病原性を有する大腸菌が「Enteropathogenic E. coli」として初めて記載されたのは20世紀も半ば過ぎ, 1960代だったのではないでしょうか。病原因子が解明されないままに「Enteropathogenic E. coli」のカテゴリーの中に総てが包括されていたのだと思います。その後, いくつかの病原因子が明らかにされるに伴って, 毒素原性大腸菌, 腸管組織侵入性大腸菌・・・と, 次々とカテゴリーが増えていきました。そして今日に至っているのではないかと思います。 1980年代に入って, 新しい抗生物質が次々と登場しました。緑膿菌に効くことなど考えられなかったセファロスポリン系抗生剤が続々と登場しました。所謂「第三世代セフェム」の誕生です。この「第三世代セフェム」が誕生してから,「第二世代セフェム」が誕生しました。抗菌スペクトルを整理して, 従来の狭域抗菌スペクトルのセファロスポリンを「第一世代セフェム」, そしてセファロスポリナーゼに多少の安定性を具備したセファロスポリンおよびセファマイシンを「第二世代セフェム」, そして緑膿菌にまで抗菌スペクトルが及ぶようになったものを「第三世代セフェム」として分類し, 論文の中に記載する際には「what we call/what is called/so to speak」, 日本語では「いわゆる」というフレーズ付きで標記される時期がありました。この分類は, 製薬会社が勝手に付けた, 言わば「業界用語」であり, 学術用語としては認知されてなかったのです。しかし, いつの間にか世代分けの分類は学術用語「化」して今日に至っています。要するに, 学術機関が正式に学術的に認定した呼称ではなかったものが, 国際的に広く普及してしまったというのが本当のところではないでしょうか。 これと同様に, 腸炎起病性大腸菌が「腸管病原性大腸菌」として包括され, 病原因子が明らかにされたものから, 順次その病原因子が含まれた呼称として記載され, それらが略称として最終的には国際的に広く使用されるようになったものだと思います。ですから, 国際的に統一されている訳ではなく, 例えば「腸管出血性大腸菌」は,「enterohemorrhagic E. coli: EHEC」「verotoxin-producing E. coli: VTEC」「shigatoxin-producing E. coli: STEC」など, いくつもの呼称が現在でも乱立しています。国によってそれぞれの使用頻度に差があるようですが・・・そして今日では, EPEC・ETEC・EHEC・STEC・・・などは, 「イーペック」, 「イーテック」, 「イーヘック」, 「エステック」のように一つの単語として発音されています。これらも, このように発音すべきだと公式に認定されている訳ではありません。長い間に, 多くの研究者が呼び易い名称をいつの間にか広く受け入れてしまって来ているに過ぎないのだと思います。 結論は, 菌種名が提案されるように公的機関が制定したものではないことから, 文章化された定義のようなものは存在しないのではないかと思います。 (信州大学・川上 由行)
【質問者からのお礼】
大変御多忙の中にも御教授を頂きありがとうございました。感染疫学を学習する上で, 目の前の霧が晴れた思いです。ところで, いろんな論文などで御議論を交わされていますが, 定義が不明確な上での議論もあるようです。私のような初心者には常に「定義とは何ぞや」で学んで行く必要があるのではと痛感しています。 |