08/05/02, 08
■ ブドウ糖非発酵菌のアミノ酸脱炭酸試験
【質問】
 自分は●●大学の臨床検査技師の専門学校に通う■■という者ですが, “非発酵菌のアミノ酸脱炭酸試験”について疑問に思うところがあり, 質問をさせていただきました。

 アミノ酸脱炭酸の検査ではメラー培地を用いて, その上にパラフィンを重層すると思うのですが, 非発酵菌の多くが偏性好気性の菌で発育することさえできないと思います。なのに何故, リジンやオルニチンの脱炭酸が陽性であるとか陰性であるといった結果が出せるのでしょうか??? 培地の組成が関係しているのかと思い, いろいろと調べてみましたが正確な答えはわかりませんでした。回答をよろしくお願いいたします。

【回答】
 非発酵性菌のアミノ酸 (リジン/オルニチン) 脱炭酸/(アルギニン) 加水分解試験は確かに滅菌パラフィンを重層して実施する Moewller 法で行なわれます。非発酵菌の中で, 緑膿菌を例にして解説しますが, 質問に記されているように, 緑膿菌は偏性好気性なので「嫌気的環境」では発育できない筈ですね。なのに, 何故 Moeller 培地で発育して反応が観察できるのか, 疑問に思うのは当然でしょう。ここからは回答者の推測ですが, 非発酵菌のアミノ酸の反応について, Moeller 法で実施したら陽性/陰性が再現性よく判定できて, 菌種鑑別に適用できたと言う事実が先ずはあったのだと思います。発育する理由などどうでもよくて, とにかく判定できたのです。本当にアミノ酸脱炭酸酵素を発現する構造遺伝子が存在するのか??? また, この培地に発育可能なメカニズムは??? といった疑問については, 後になってその機構が明らかにされ, 遺伝子レベルでの分子機構まで明らかにされてきているということだと思います。先ずは事実があって, その後に科学的なメカニズムが追いかけて行くというのが実状なのでしょう。

 ちなみに, 緑膿菌のリジン脱炭酸 (参考文献1) については既に検討されてきており, Moeller 培地では必ずしも正確な判定ができない(2)ので, Falkow 培地の方が推奨されるという報告もありました。理由は, いずれも後になって明らかにされるのです。つまり, アルギニン/オルニチン等のアミノ酸存在下では, 無酸素状態である嫌気環境でも発育可能(3, 4)なことがきちんと証明されたのです。しかも, これらのアミノ酸と一緒に yeast extract の存在が重要であることなどです。確かに, Moeller 培地にはyeast extract ではなくて beef extract が含有されており, Falkow 培地にはyeast extract が含有されています。そして, アミノ酸代謝の分子レベルでの解析(5, 6)も行われています。

 ちょうど, 硝酸塩や亜硝酸塩の存在下では, 緑膿菌は嫌気的条件下でも発育増殖可能なように, 要するに, アルギニン等のアミノ酸存在下では嫌気的環境でも発育してきちんと反応を観察することができるのです。詳細は下記の参考文献をご覧下さい。なお, ここでは緑膿菌についてのみ記載しましたが, すべての非発酵菌について明らかになっている訳ではないようです。現象としては理解されていても, その機構については意外に解明途上にあること, 沢山あるのですね。

〔参考文献〕
(1) Fothergill J C.: Catabolism of L-lysine by Pseudomonas aeruginosa. J. Gen. Microbiol. 99: 139〜155, 1977. (リジン脱炭酸反応)

(2) Elston H R.: Lysine decarboxylase activity in broth and agar media. Appl. Microbiol. 22: 1091〜1095, 1971. (リジン脱炭酸反応の試験用培地としての適格性の評価/ グルコース非発酵菌には必ずしも適切でない)

(3) Verhoogt H J.: arcD, the first gene of the arc operon for anaerobic arginine catabolism in Pseudomonas aeruginosa, encodes an arginine-ornithine exchanger. J. Bacteriol. 174: 1568〜1573, 1992. (arginine/ornithine 存在下で嫌気的発育)

(4) Melanie J et al.: Identification of Pseudomonas aeruginosa genes involved in virulence and anaerobic growth. Infect. Immun. 74: 4237〜4245, 2006. (arginine 存在下で嫌気的発育)

(5) Nakada Y et al.: Characterization and regulation of the gbuA gene, encoding guanidinobutyrase in the arginine dehydrogenase pathway of Pseudomonas aeruginosa PAO1. J. Bacteriol. 184: 3377〜3384, 2002. (分子レベルの解析)

(6) Vander Wauven C et al.: Pseudomonas aeruginosa mutants affected in anaerobic growth on arginine: evidence for a four-gene cluster encoding the arginine deiminase pathway. J. Bacteriol.160: 928〜934, 1984. (分子レベルの解析)

(信州大学・川上 由行)

【質問者からのお礼】
 この度はお忙しい中, ご回答のほうありがとうございました。疑問に思っていたことが解決できてすっきりしました。アミノ酸の存在下では嫌気条件でも発育することができるということで納得しました。また何か疑問に思うことがありましたら質問させていただくこともあるかとは思いますが, その際もご指導のほうよろしくお願いいたします。ありがとうございました。


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