09/11/16
Helicobacter pyloriに対する抗菌活性の測定
【質問】
 私, ●●株式会社創薬研究本部の■■と申します。現在, 仕事で微生物を使った薬剤感受性試験を主に行っており, いつも実験の参考にと, 「質問箱」にお世話になっております。さて, 今回は質問することができてしまいました。

 現在, ある化合物のMICを数種の菌株で行っていますが, ピロリ菌にまごついています。ピロリ菌での薬剤感受性試験法について質問です。

 ピロリ菌の薬剤感受性試験は, 5%ヒツジMHB寒天培地, ペーパーディスクを使用してMICを測定しています。具体的には, ピロリ菌を懸濁液 (McFarland#2.0) を綿棒にしみこませ3回塗布してから, あらかじめ薬剤をしみこませたディスクを置き, 生育環境で培養します。ピロリ菌のコロニーを大きくするには, 微好気性, 湿潤環境が良いということで, ジャー内にアネロパック微好気, 5 cmシャーレに綿を入れ, 水をしみこませて培養しています。この塗布後から, 生育環境下におくまでの時間が長い (5〜15分) と培地面が乾燥し, コロニーになりにくい状態になるのでしょうか???

 現在, BD販売の15 cmプレートで行っており, コロニーがぽつぽつと散見されるだけです。これまでの経緯としては, はじめて試験を行ったときは, 自作の同培地を用いて, 10 cmシャーレで行い, こちらは生育, 生育阻止がはっきりわかる状態でした。再現性を取るため, 同培地 (製作日は一回目と同じ) で二回目の実験を行い, まったく生育しなかったため, 培地の期限切れと考えました。その後, クラリスロマイシンのセンシディスクを取り入れて失敗したりと繰り返し試験して, クラリスロマイシンは2.0 μgで試験する, 乾燥に気をつける, に注意することにしています。上述にもありますが, ピロリ菌では, 乾燥によるVNC状態へ移ることはあるのでしょうか??? もしそうであれば, ピロリ菌 10 cmシャーレでの試験を検討していますが, ほかに対処法がありますでしょうか???

【回答】
 質問は;
(1) 菌液塗布後から, 生育環境下におくまでの時間が長い (5から15分) と培地面が乾燥し, コロニーになりにくい状態になるのでしょうか???

(2) ピロリ菌では, 乾燥による VNC 状態へ移ることはあるのでしょうか???

と言うことで宜しいのでしょうか。

 「ある化合物」について MIC を測定したいとのことですが,「ある化合物」というのが何ものなのかが判りませんので, そもそもディスク拡散法で抗菌活性そのものの測定自体が可能か否かの判断が出来ません。抗生物質または化学療法剤の類いで, 寒天培地での拡散性が期待できるものなのですね。まずは, このことが文面から確認できません。

 質問の内容は,「ある化合物」の抗菌作用の有無だけではなく, ピロリ菌に対する「ある化合物」の MIC の計測なのですよね。そもそも本菌種の薬剤感受性試験 (MIC 測定法) は, 希釈法でなければ再現性をもって信頼できるデータは得られないと考えて下さい。まして, 新規の薬剤についてのデータの入手と言うことでしたらなおさらだと思います。

 さて, 質問に答えます。まずは (1) ですが, ピロリ菌は乾燥に弱いです。乾燥するだけで発育不能になります。私は死滅するのだと考えています。「ピロリ菌の懸濁液 (McFarland#2.0) を綿棒にしみこませ3回塗布」とのことですが, この塗布した直後の培地面に水分が感じられない (乾燥とまでは行かなくても水気を感じにくい) 状態で, 菌の死滅 (???) が起こるのです。信じられないかも知れませんが事実です。実際に調整した菌液を培地面に綿棒で塗布して, 培地面に水分が感じにくくなることを確認してから培養してみて下さい。上記のことが事実であることを確かめることが出来ると思います。綿棒の代わりにコンラージ棒を用いて塗布すれば, 理由はよく判りませんが, より一層この傾向は顕著になります。とにかく, 菌液を均等に培地面に塗布することは至難のことなのです。要するに, 再現性を保証できる薬剤感受性試験は, 寒天平板希釈法か, 微量液体希釈法のいずれかでなければ信頼できるデータは得られないと思います。

 次いで(2) についてですが, ピロリ菌の VNC への移行はいろいろな条件でいとも簡単に起こります。ピロリ菌ではなくて, Helicobacter felis についてですが, 培養時間の延長やガス環境の VNC 移行への影響等について検討したことがあり, 研究目的に応じた形態 (ラセン状菌体細胞の比率をどの程度にするか???/コッコイド化細胞の比率をどの程度にするか???) の菌細胞の収集法について示すことが出来ました (文献) が, 乾燥についてのデータは持ち合わせていません。乾燥により発育が不能になることは経験していますが, それがVNCへの急速な移行によるものなのか, あるいは単にラセン状の形態のままに死滅 (???) してしまうものなのかを検証したことがないので判りません。また, このことに関するデータも示されていないのではないかと思います。

 とにかく, ピロリ菌の薬剤感受性試験は, 5%ヒツジ血液寒天平板希釈法 (または微量液体希釈法) で測定されるのを勧めします。面倒くさいようで, これが正確なデータが得られる, 現時点での最善策だと思います。

〔文献〕
Shiohara M et al.: Laboratory appraisal of optimal gaseous conditions for growth of zoonotic Helicobacter felis ATCC 49179. Microbiol Immunol 53: 251〜258, 2009.

(信州大学・川上 由行)
【質問者からのお礼】
 詳細な返答ありがとうございます!質問の中の「ある薬剤」は, 寒天培地での拡散性について検討したことはありませんでした。ご指摘のとおり, 検討すべきでした。
 ピロリ菌については初めてのことが多く, 実際触ってみるまではあまりよくわかっていませんでした。かなり困っていました。実験は液体培地希釈法か, 寒天培地希釈法で行えるように調整しようと思います。いま試験している薬剤がヒツジ血液による分解を受けるかも知れず, まずはそちらで分解を受けているかどうか検討してみます。詳しく説明いただいたので, 今後の取扱にも参考にさせていただきます。本当にありがとうございます。こうして返答いただけて助かりました。ありがとうございます。

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