09/10/29, 04
■ 変形菌の遺伝子同定
【質問】
 いつも勉強させていただいております。私は大学の研究室にて研究補助をしております。細菌の分類・同定を行っておりますが, この度「変形菌」ではないかと推測される検体の同定依頼がありました。

 検体は, 木材チップに発生した黄色い粉状の塊で, 顕微鏡下では直径1μmほどの球状の細胞 (???) が密集しているように見えました。当方では, 真核微生物の同定を行った経験がなく, 形態からの分類することが困難であり, また検体は一部を採取したものであったため, 遺伝子から同定しようと思いました。DNAはISOPLANT (ニッポンジーン) というキットで抽出しました。18S rRNA遺伝子 (univF-15, univR-1765) およびITS1領域をそれぞれ増幅するプライマーを用いてPCRを行いましたが, PCR産物を得ることができませんでした。質問は:

(1) 真核微生物を同定する時 (特に変形菌) は, 何か決まった手法があるのでしょうか???
(2) 真核微生物DNAからPCRを行う際, 細菌DNAを鋳型にする時と何か異なる点がありますか???

ご指導よろしくお願いいたします。

【回答】
(1) 真核微生物を遺伝子学的に同定する際の標的遺伝子としては, 種内の保存性が高い18S rRNA, より菌種に特異的な28S rRNAまたはITS領域が選択されます。変形菌門の菌種に関しても18S rRNAをターゲットとされることに問題はないと思います。PCR産物が得られない要因として以下の3つが考えられます。

(1)「木材チップに発生した黄色い粉状の塊」は本当に真菌か否か??? 形態の観察や培養によって, 真菌であることを確認してください。

(2) DNAの抽出がうまく行われたか???
 (3)の質問の回答も兼ねることになりますが, 真菌は細菌と比較して溶菌が難しいため, DNAの抽出が困難な場合があります。ISOPLANT (ニッポンジーン)で本当にDNAが抽出されたかを, 吸光度 (260 nm) を測定し, また純度 (260/280 nmの比率) を検証してください。

(3) PCR反応がうまくいっているか???
 テンプレートDNAの濃度があまりにも高い場合にはPCRの酵素反応の阻害が起きるため, 産物が得られないことがあります。(2) で述べましたように抽出液のDNA濃度値を参考にして, 反応チューブあたり200 ng以下のテンプレートDNAの添加にしてください。さらに, 陽性コントロールを使用して, PCR反応試薬や反応条件に問題がないことを確認してください。また, 個々の反応チューブの精度管理として, テンプレートDNAのみを添加した反応液, もう1つのチューブにはテンプレートDNAと陽性コントロール (増幅が確認されたもの) を添加して反応を行うことで, 上述のPCR反応の阻害があったかの確認も行うことができます。

(岐阜大学・大楠 清文)


【質問者からのお礼】
 変形菌の同定について回答を頂きありがとうございました。ご指摘いただいた点につきまして補足説明をさせていただきます。

 DNAの濃度は吸光度にて測定し PCR反応に用いる鋳型濃度も適切であったことを確認しました。併せて, PCR反応時には真菌のコントロールとしてCoprinus cinereus NBRC 30628のDNAを用い, 同条件にて18S rRNA遺伝子が良好に増幅されることを確認しました。しかしながら, 検体のPCR増幅は得られませんでした。その後, 子実体と見られる検体の構造を詳細に観察した結果, モジホコリ目(physarales)モジホコリ科(physaraceae)のキフシススホコリ(Fuligo septica f. flava)であることが分かりました。変形菌は現在, 真核生物ドメインのアメーポゾア界に分類されており, 真菌(オピスコンタ界)とは離れた系統群として扱われているそうです。分子生物学的な研究は一部の種でしか行われておらず, 変形菌に広く有効な実験手法が未開発ということでしたので, 今回の試料を基にPCRのさらなる検討をやってみようと思います。丁寧な回答とご指導ありがとうございました。


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