08/01/10
■ 好気培養で活き活きとする乳酸菌
【質問】
 はじめまして。私, ●●大学の■■と申します。

 今, 卒業研究で乳酸菌を取り扱っているのですが, 好気条件下と嫌気条件下に分けて培養を行っていたところ, 乳酸菌は通性嫌気性菌であるのにも拘わらず, 嫌気培養よりも好気条件下での培養の方が菌の生えが良いという結果になってしまいました (培地表面に見えるコロニーの数が明らかに好気の方が数が多く, 大きいのです)。乳酸菌を塗布していないコントロール (陰性対照) の培地には菌が何も生えていないので, 落下細菌の混入は多分ない筈です。なぜこのような結果になってしまったのか分かりません。乳酸菌の中には好気条件を好む種類もいるのでしょうか??? お忙しいところ, ぶしつけな質問で申し訳ありませんが, 回答よろしく願いします。

・使用した菌はL. brevisL.mesenteroidesの2種です。

・培地は804培地で, 10^5個/mlの菌濃度に調製した菌を塗布し, 培養しています (37℃・24時間)。

  • 酸素吸収剤を入れた袋にシャーレを入れ密閉して嫌気培養を行っています。
【回答】
 早速, お答えします。「乳酸菌は通性嫌気性菌であるのにも拘わらず, 嫌気培養よりも好気条件下での培養の方が菌の生えが良いという結果になってしまいました」と記されていますね。“通性嫌気性”の意味をきちんと理解されているでしょうか。まずは, そこが問題です。

 偏性嫌気性は, 嫌気的環境下でのみ発育可能な性質を言いますが, 通性嫌気性とは, 嫌気的環境でも, 好気的な環境でも, どちらでも発育増殖可能な性質をいいます。ですから, 通性嫌気性菌が好気条件下で発育するのは至極当然なことなのです。

 ここで, 一般液な大腸菌 (Escherichia coli)とブドウ球菌 (Staphylococcusaureus)を例に考えてみましょう。ご存知のように, 大腸菌もブドウ球菌も, ともに通性嫌気性菌です。嫌気的環境でも好気的な環境でも, どちらでも発育増殖可能です。では, どちらの環境の方が発育旺盛でしょうか??? 言うまでもなく, 好気的環境です。これは一般的な性質で, 多くの (ほとんどすべての) 通性嫌気性菌にも当てはまります。好気環境で培養した方が発生集落サイズは大きくなります。勿論, 質問者が使用されている L. brevisL. mesenteroides の2菌種も例外ではありません。では何故, 好気的環境の方で発育が良好なのでしょう。これには, 多方面からの理由が考えられると思いますが, 一例としてグルコースをエネルギーとして利用することを考えてみましょう。好気的環境では, 一分子のグルコースは解糖系を経て二分子のピルビン酸が生成され, 充分な酸素の存在下でTCAサイクルに入り, 次いで電子伝達系を経て最終的には二酸化炭素と水になります。電子伝達に関与する酵素系を呼吸鎖と言います。TCAサイクルから供給されたNADHまたはチトクロム酵素と呼称される酵素系の流れの中で, 最終的に分子状の酸素を水に還元します。呼吸鎖の中では4分子のATPが産生されます。なお, 嫌気的環境下では酸素の代わりに無機化合物が最終電子受容体となり, 当然のことながらATPの産生量は低くなります。また, グルコースの存在下で嫌気培養すると, 菌は直ちにグルコースを取り込み, いわゆる解糖経路glycolysisでATP合成を行ないます。この過程は嫌気的条件下で行なわれる発酵形式ですが, 好気的環境下ではグルコースが呼吸形式で分解されて行きます。放出されるエネルギーは、呼吸形式では686 kcalなのに対し, 発酵形式では54kcalで, 明らかに呼吸形式の方が高いエネルギーを放出するのです。好気的環境での発育が良好な理由がこんな説明でお判りいただけたでしょうか。

(信州大学・川上 由行)


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