08/12/01
■ LIM培地にブドウ糖が含まれる訳???
【質問】
 こんにちは。●●大学の検査技術学専攻の学生のものです。先日, 腸内細菌の分離培養, 同定についての実習を行ったのですが, その際に使用した“LIM培地”について疑問に感じたことがあります。

 LIM培地は主に腸内細菌のリジン脱炭酸酵素やインドール産生, 運動性を調べるものとなっていますが, その組成の中に“ブドウ糖が含まれる”のは何故なのでしょうか??? 腸内細菌はブドウ糖の要求性がないので必要ないように思いますが (現に, 同じように腸内細菌に使用するSS寒天培地ではブドウ糖が含まれていません)。他に含まれるリジンに関係があるのでしょうか。

 教科書など, 調べても分からなかったので教えていただきたいです。お願いします。

【質問】
 LIM培地は, L-リジン脱炭酸能/インドール (トリプトファナーゼ) 産生能/運動性の3項目を調べる「腸内細菌の確認培地」です。運動性が確認し易いように寒天濃度が調整されています。また, L-リジンとL-トリプトファンが含まれています。

 ブドウ糖が含まれている(0.1%) 理由は, この培地に添加されている pH指示薬の色調の変化から「 L-リジン脱炭酸能」を調べるためです。

 LIM培地は, この「腸内細菌の確認培地」という点が重要なのです。腸内細菌科の菌種はブドウ糖を発酵できます。つまり, ブドウ糖発酵菌であることが, この培地で L-リジン脱炭酸能を調べることが出来る条件なのです。ブドウ糖の発酵によって生じた有機酸が pH を低下させて,「紫」だった培地を「黄変」させます。このところが第一のポイントです。含有するブドウ糖はたった 0.1%です。直ぐに消費されます。でも pH 指示薬の BCP を「黄変」するには充分です。つまり, ブドウ糖は「消費」されてなくなるのです。

 L-リジン脱炭酸酵素も, L-トリプトファナーゼ (インドール反応) も, 共に「誘導酵素 (inducible enzyme)」または「適応酵素 (adaptive enzyme)」です。ブドウ糖は,「誘導酵素 (inducible enzyme)」または「適応酵素 (adaptive enzyme)」にとってはインヒビター (阻害物質) で, ブドウ糖の存在下では誘導がかかり難く, あるいはブドウ糖の存在下ではこれらの酵素は合成され難いのです。

 また, 酵素には当然のことながら至適温度/至適 pH があります。この内, 至適 pH は, ブドウ糖の発酵によって整えられるのです。この一旦「黄変」した培地が, もし L-リジン脱炭酸酵素産生菌であれば, 産生された酵素によって脱炭酸され, その結果として L-リジンに対応するアミン, ここではカダベリンと二酸化炭素が生成されます。アルカリ性の物資であるカダベリンの蓄積が, pH をアルカリ側へと変化させて「紫」に戻るのです。「紫」から「黄」, さらに「紫」への変化から判定するように考案された培地なのです。

 勿論, 理論的にはブドウ糖を添加せず, 最初から pH を酸性側に設定した培地 (例えばメラーの培地) で, L-リジン脱炭酸能を調べることは可能です。しかし, そもそもこの LIM 培地は, 腸内細菌の, 特に ShigellaSalmonella を効率よく鑑別しようと言う目的で考案されたものなのです。Shigella はL-リジン脱炭酸能が陰性 (黄) ですし, 多くの Salmonella は陽性 (紫) で, 両者を明確に識別できます。 ShigellaSalmonella 以外の多くの腸内細菌科に属する菌種の同定にも使えそうだということから, 広く使われるようになりました。そもそもすべての腸内細菌科の菌種を想定して開発されたものではなかったことから, いくつもの弱点も併せ持っています。つまり, 腸内細菌科の菌種でも, LIM 培地での判定を必ずしも推奨出来ない菌種があるのです。例えば, Klebsiella 属はブドウ糖を発酵しますが, EMP 経路の終末産物であるピルビン酸は, 縮合反応から迅速にブチレングリコール発酵経路に入ってしまい, pH の低下が小さいのです。これらの VP 反応陽性菌のリジン脱炭酸反応は, LIM 培地では明確に判定出来ない場合もあることが指摘されています。

 この LIM 培地は, 前述したように, 元々は ShigellaSalmonella の L-リジン脱炭酸反応を検査する目的で開発されており, それらの菌種以外への応用は『メラーの方法』で実施するのが正しい検査方法です。いろいろなアミノ酸脱炭酸試験用培地が開発されていますが, すべて『メラーの方法』との比較から評価されているものです。質問の,「なぜブドウ糖が添加されているのか」について回答したつもりですが, 一見無関係とも思える部分にも踏み込みました。回答者の気持ちを読み取っていただけましたでしょうか。

 結論としては, リジン脱炭酸反応は『メラーの方法』で実施しなければ正確な成績は得られないということなのです。

(信州大学・川上 由行)


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