07/12/27
08/01/10
■ 乳製品と“酵母エキス”
【質問】
 私は食品メーカーで品質管理を担当しています。

 微生物検査で扱っている標準寒天培地について「酵母エキスを含むため, 乳および乳製品中の細菌に対する広い発育支持能を持つ」と紹介してある文献をみました。また, 標準寒天培地に用いるエキスは, 現在は“酵母エキス”を用いることが一般的ですが, 昔は検体に応じて肉エキスや麦芽エキスなどへ組成を変えて用いていたと聞きました。その時代から, 乳および乳製品の検査には“酵母エキス”を用いていたようです。標準寒天培地で乳および乳製品中の細菌を検査する場合, なぜ“酵母エキス”が適しているのでしょうか??? 他のエキスでは不都合があるのでしょうか??? また, どうして“酵母エキス”を含むと乳および乳製品中の細菌に対して広い発育支持能を持つのでしょうか??? ご教授いただけると大変助かります。宜しくお願いいたします。

【回答】
 牛乳は乳幼児の主食であり, また健康によい完全食品の一つです。牛乳の細菌検査は古くから行われています。1910年に米国公衆衛生協会 (牛乳の細菌検査の標準法) で最初に報告 (第1版) されたstandard mediumはbeef infusion (牛肉を煎じ出したもの) と寒天が組成でした。1916年の次の報告 (第2版) ではbeef infusionの代わりにbeef extract (Liebig’s brand) に置き換わりました。1927年にはDIFCOのbeef extractが推奨されました。しかし, 第5版まではinfusion agarが用いられていて, 第6版 (1934年) から完全にbeef extractに置き換わりました。1910年の第1版では, 1%ペプトンと書かれているだけで, ペプトンの種類が示されていませんでした。その後, 各社のペプトンが検討され, Bacto (Digestive Ferments Co. →DIFCO) のペプトンかまたは同等のものとされました (第5版 1927年, 第6版 1934年)。Fred, Peterson, Davenportによってyeast infusionをstandard mediumに添加すると細菌の発育が良いという報告がされました(1919年)。Orla-Jensen (1919年) は, yeast infusionよりも自己溶解した酵母の抽出物の方を使いました。1927年に, デンマークで第一次世界大戦中に, このyeast extractの製造方法が確立され, HuckerによってDIFCOへ導入されました。この間, yeast extractを含む培地が連鎖球菌(特に病原性のある)やインフルエンザ菌の発育に良いなることや, 髄膜炎菌, 淋菌, 肺炎球菌などの継代培養にも適していることが確認されました。これらの研究に加えて, 乳中の細菌の研究においてyeast extractが使われ, Van Steenberge (1917年)とOrla-Jensen (1919年) は乳酸菌の培養にyeast extractを用いました。後に, beef extractの代わりにyeast extractが使われるようになります。HuckerとHucker (1929年) は商業的に作られた乳幼児食品の細菌検査をtryptophane broth peptone agarに0.1% yeast extractと0.5%ブドウ糖を加えた培地で行いました。さらに後に, この培地が米国衛生協会のstandard mediumと比較され, 乳酸菌の発育が良いことやコロニーの大きさが大きいことなどから, yeast extractを入れた培地がstandard mediumより良いとされました。Yeast extractは培地中にビタミンを補給していて, 各種の細菌の発育に関与しています。

〔参考文献〕
Bowers CS and G J Hucker: The composition of media for the bacteriological analysis of milk. N. Y. State Agr. Expt. Sta. Tech. Bull. No. 228, 3〜42, 1935.

(日水製薬・小高 秀正)


【質問者からのお礼】
 連絡が遅れて申し訳ありません。今回はお忙しい中, ご回答いただき有難うございました。大変助かりました。培地組成が検討されていった歴史の中で酵母エキスが選択された経緯がわかりました。後輩の教育等に役立てたいと思います。また, ご質問する機会がある場合はご教授頂けますよう宜しくお願いいたします。


戻る