07/12/13
■ 緑膿菌のリジン脱炭酸酵素産生
【質問】
 いつもこの微生物学に関する質問箱を参考にさせていただいてます。検査センターの■■といいます。

 緑膿菌のリジン脱炭酸酵素産生性について教えていただきたく, メールさせていただきました。緑膿菌のリジン脱炭酸酵素産生性についてLIM培地を使って調べていたのですが, “見た目には「陽性」”と思われる結果となりました (一応, 未接種の培地と一緒に孵卵器で37度24時間培養しました)。ですが, 通常, 緑膿菌はリジン脱炭酸酵素は産生しない筈です。リジン脱炭酸酵素の産生性を見る場合, 菌種によってはLIM培地ではなく, 他の培地で確認した方がいいとも聞いたことがあるので, 緑膿菌もそうなのでしょうか??? これは, 緑膿菌が好気性菌であることにも関係しているのでしょうか??? 教えてください。

【回答】
 簡潔にお答え致します。先ずは, 緑膿菌は偏性好気性菌で, グルコース非発酵菌であることをイメージして下さい。次いで, LIM 培地におけるリジン脱炭酸反応の原理を復習してみましょう。

(1) LIM 培地には, 0.1%のグルコースが含有されています。

(2) 被検菌株が, 穿刺部位でグルコースを発酵して pHが低下し, BCP を黄変させます。

(3) pHが低下した弱酸性環境下で, 誘導 (適応) 酵素であるリジン脱炭酸酵素が産生され, 活性化されて, リジンが脱炭酸されます。「誘導 (適応) 酵素の産生に際して, グルコースは“インヒビター”として作用します。また, すべての酵素は, 当然のことながら至適 pHがあり, リジン脱炭酸酵素は弱酸性側が至適なのです。つまり, グルコースの消費により阻害物質 (インヒビター) がなくなり, 且つ至適 pHを得ることになります。

(4) 脱炭酸の結果, リジンに対するアミンであるカダベリン (と二酸化炭素) が生じ, アルカリ性のカダベリンが酸性環境を再びアルカリ側へ戻す。これが, 脱炭酸反応陽性の原理です。陰性の場合は, 黄変したままになるのです。

 緑膿菌は, グルコース非発酵菌で, LIM の培地を一度も黄変させていないのです。また, 注意深く観察すると, 偏性好気性菌で, 培地表層部しか発育していない筈です。培地深部までの発育は見られない筈です。つまり, LIM 培地でのリジン脱炭酸反応は, 腸内細菌科の菌種のようなグルコース発酵菌しか判定出来ないのです。では, グルコース発酵菌ならどんな菌種でも LIM 培地でリジン脱炭酸反応が正確に判定出来るのかと言えば・・・例えば, 腸内細菌科の菌種でも, LIM 培地での判定を必ずしも推奨出来ない菌種もあるのです。例えば, Klebsiella 属はグルコースを発酵しますが, EMP 経路の終末産物であるピルビン酸は, 縮合反応から迅速にブチレングリコール発酵経路に入ってしまい, pHの低下があまり大きくないのです。これらの VP 反応陽性菌のリジン脱炭酸反応は, LIM培地で明確に判定出来ない場合もあることが指摘されています。

 この LIM 培地は, 元々は赤痢菌やサルモネラのリジン脱炭酸反応を検査する目的で開発されており, それらの菌種以外への応用は『メラーの方法』で実施するのが正しい検査方法です。いろいろなアミノ酸脱炭酸試験用培地が開発されて来ていますが, すべて『メラーの方法』との比較から評価されているものです。

 結論としては, 緑膿菌のリジン脱炭酸反応は『メラーの方法』で実施しなければ正確な成績は得られません。

(信州大学・川上 由行)


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