08/09/04
■ 細菌の増殖速度
【質問】
 1種類の菌しか存在しないような寒天培地上での, 菌の誘導期や増殖速度って, ある程度決まっているものなのでしょうか??? それとも, その時その時のコンディションによってかなり異なるものなのでしょうか???

 また, 例えば大腸菌・ぶどう球菌の2種類が混合したような時には, 単体 (単独) の時と比べて増殖速度に違いが見られたりするのでしょうか???

回答をよろしくお願いします。

【回答】
 なかなか面白いご質問ですね。素晴らしい着眼点だと感じました。質問は前半の部分と後半の部分の2点だと思いますが, いずれも試験菌の増殖速度に関するものです。

 まず, 前半部分の質問ですが, 結論から言うと, 培養の条件によって異なります。温度/湿度/ガス条件 (通常の好気環境/嫌気環境/炭酸ガス濃度環境) のすべてが被検菌の増殖に影響します。つまり, 増殖曲線 (growth curve) は変わります。こんなことは誰でも考えることなのですが, 実際にデータとして示している論文はとなると, これがなかなかないのです。私は, ヘリコバクターのある菌種について少し検討してみました。この菌種の培養条件は, 微好気環境であることは知られていますが, この微好気環境とはいったい具体的にどんな環境なのでしょう。至適ガス環境について, キチンとしたデータで示している論文は意外にもないのですね。ご存知のようにヘリコバクターは, 螺旋状の桿菌です。培養環境によっては, あるいは培養時間によっては, 一定の頻度で球状化 (コッコイド化) します。集落を短時間で大きくさせる, つまり世代時間 (generation time) を短縮させる培養法と, コッコイド細胞の比率を少なくする培養法はまったく異なることを, つい最近私たちは明らかにしました (現在, 論文投稿中)。研究目的によっては, つまり, できる限り短時間でたくさんの細胞が必要な場合があります。またコッコイド細胞が可能な限り少なくて, 大多数の細胞が螺旋状形態を保持している細胞を必要とする場合もあります。でも, それぞれの目的に適う培養環境はまったく違うことが分かりました。培養速度を速める酸素濃度/炭酸ガス濃度の組み合わせでも, 発育状態が大きく変わるガス濃度の組み合わせと, あまり変わらない組み合わせは確かにあるのです。

 それでは後半の部分の質問はどうでしょうか。これは前半部分の質問と異なり, かなり複雑です。「例えば」と書かれている「大腸菌とブドウ球菌」でも, 大腸菌の株が異なれば, それだけで変わります。もちろんブドウ球菌の株が異なるだけでも違いが生じます。ある特定の2菌種というよりは, それぞれの株の組み合わせでも異なると思います。極端な場合, どちらかの発育が極端に抑制されてしまう組み合わせもあると思いますし, 同種異株に作用するバクテリオシンのような物質によって相互に影響される場合もあるでしょう。あるいは, 組み合わせた双方の菌の存在によって, もう一方の菌の発育が促進される場合もあり得ます。例えば, 衛星現象で有名なブドウ球菌とインフルエンザ菌の組み合わせなどはその代表でしょうか。組み合わせた2株に加えて, さらに前半部分の質問の内容が重なってきますので, 極めて複雑になるはずです。しかし, 実際にいくつかの組み合わせの実例でデータを示している論文はなかなかないと思いますので, 貴方自身が実際に試されては如何でしょうか??? 是非, 得られた結果を公表して下さい。きちんとした知見は, 今後のいろいろな研究領域に必ずや示唆を与えると確信します。

貴方が, 何故このような疑問をもたれたのかが気になりますが, 素晴らしい着眼点はサイエンスを発展させる源泉です。もし, 貴方が実際に実験できる環境にいるのでしたら, 躊躇なく自身で解決されるために行動してみませんか。

(信州大学・川上 由行)


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