09/12/05, 08
■ SCD培地 (Soybean-Casein Digest) と Nutrient培地の組成について
【質問】
 はじめまして。食品添加物の会社で各種検査をしております。「質問箱」は度々拝見させていただいており, 知らないままやっていたことの背景を学んだりお世話になっております。

 以前から疑問に思っていたことをお伺いしたくてメールいたしました。SCDブロス と SCDアガーで, トリプトンとソイペプトンの割合やブドウ糖, リン酸Kの有無に違いがあるのはなぜなのでしょうか??? ニュートリエントブロスとニュートリエントアガーは, 同じメーカー品であれば, 寒天の有無の違いだけなので, ニュートリエントブロスと寒天があれば, ブロスもアガーも調整できますが, SCDはそう出来ないので疑問に思っています。

あと, メーカーによって, ニュートリエントブロスの組成に違いがある (メジャーメーカーでも, 肉エキス 3 gram+ペプトン 5 gramだったり, 肉エキス 5 gram+ ペプトン 10 gramだったりします) のは何故でしょうか。「ニュートリエントブロス」の名称では, 標準寒天培地のように, 規定の組成の培地ではないのでしょうか???・・・試験培地に「ニュートリエントアガー」のみの記載では, 正確な培地組成が伝わらないのではと思っております。よろしくお願いいたします。

【回答】
 SCDブロスと SCDアガーの組成の違いを説明するためには, 微生物学の歴史を学ぶ必要があります。そのため, 文献を遡り, 1916年から発行されているJ. Bacteriologyを参考に調査しました。しかし, 未に組成が決定されたという文献が見つかりません。そのため, 今回の回答は推測で記載しますので参考にしてください。

 SCDブロスは, 1904年にオランダの医者Eijkmanが水のなかの大腸菌群の検出用に開発したEijkman培地が元になっているようです (Centralbl. F. Bacteriol. 37: 742〜752, 1904)。その後, PerryとHajnaが改良して大腸菌群の培地として1933年に報告しました。この論文 (J. Bacteriol. 26: 419〜429, 1933) の中で, ブドウ糖量を減らし, さらに緩衝剤として培地のpHの変動を抑えるためにK2HPO4 を添加したと書かれています (ブドウ糖は微生物の発育を増進させますが, 代謝され, 酸が生成されて, その酸で微生物の発育が抑制されます。そのため緩衝剤が添加されています)。その後, 1940年ごろ消毒薬の効果 (特にStaphylococcus aureusに対する効果) を見るために石炭酸係数を求める培地の研究があり, 現在のSCDブロスの基本ができたと考えられます。SCDアガーは, 好気性菌, 嫌気性菌を含む多くの細菌の発育させるために開発されました。SCDアガーは血液寒天培地 (溶血性を見るために糖が添加されていないと考えられます), チョコレート寒天培地の基礎培地として使われてきています。ファージ型の研究にも使われました。Difco (Bacto Tryptic Soy Agar),BBL (Trypticase Soy Agar) (今はDifcoと合併), OXOID (Tryptone Soya Agar) のSCD寒天に使われているカゼインペプトンを見ますと, どの製品も違います。多くの培地解説書にはSCD, アガーがUSP (アメリカ薬局方) で採用されたことの記載はありますが, その経緯については記載されていません。ペプトン (Bacto Peptoneは1914年にDifcoで開発されていました。the Digestive Ferments Companyの頭文字をとり, 1934年に改名されてDifcoになりました。ちなみにDifcoは, 第二次世界大戦後, 微生物分野に集中し, 微生物学的および免疫学的製品に集中しました。また, 1946年7月1日に, 病原菌から人々を守るという理念のもと, 米国Centers for Disease Controlが設立されました) が開発されて, 多くの研究者が消毒薬の効果をいろいろな培地組成で研究しています。

 ニュートリエントブロスとニュートリエントアガーについては, 「新細菌培地学講座」(坂埼利一著, 1983年版, 近代出版) を引用して回答します。『本来、日本の細菌学はドイツ語が基本であった。ドイツ語の“N_hragar”は“普通カンテン”、“N_hrbouillon”は“普通ブイヨン”として日本語で表わされていた。“N_hr-”(栄養)を“普通”としたものと思われる。当時にさかのぼって考えると、“普通ブイヨン”とは肉汁、ペプトン、塩化ナトリウムを基材とした培地である。ときに、肉汁はリ_ビッヒの肉エキスでも代用されていた。リービッヒの肉エキスは牛肉を冷浸出し、低温濃縮したもので、患者のスープ用材料として用いられ、その1%液は自製した肉汁に比較して、菌の培養上少しの遜色もなかった。リービッヒの肉エキスが日本ではただの肉エキスとなり、それらを用いた培地もまた“普通ブイヨン”となってしまった。リービッヒの肉エキスに匹敵するのはOxoid社のLab-Lemco牛肉エキスのみである。この点で、“普通ブイヨン”は肉汁を用いたものと、肉エキスを用いたものとの2種に大別される。さらに、第二次大戦後にアメリカのDifcoの“Nutrient Agar” あるいは“Nutrient Broth”が登場した。“Nutrient Broth”の組成は、肉エキスとペプトンからなり、塩化ナトリウムを含んでいない。この処方は、水の検査の標準法としてAmerican Public Health AssociationやAmerican Water Works Associationが決定したものによっており、日本の医学細菌学でいう“普通カンテン”や“普通ブイヨン”ではない。英語の“Nutrient”もまたドイツ語の“N_hr-”と同様に栄養を意味することから、これらもまた“普通カンテン”あるいは“普通ブイヨン”と紹介された。Difcoでは、“Nutrient Agar 1.5%”と名付けた培地があり、これが一般に用いる“Nutrient Agar”である。外国の細菌学の成書から考えると、“nutrient agar” あるいは“nutrient broth”は、菌の一般的な培養に用いる培地の総称であって、特定の培地を指すものではない。現在日本でいう“普通カンテン”あるいは“普通ブイヨン”は「菌の一般的な培養に用いる培地」で、特定の処方の培地をさすものではないことを明確にさせておく必要がある。』

 最後に, 標準寒天培地について補足します。標準寒天培地 (1L: Pancreatic digest of casein 5 g, Yeast Extract 2.5 g, Glucose 1 g, Agar 15 g, pH 7.0±0.1) はStandard Methods for the Examination of Dairy Products (1960) で決定されました。この組成はStandard Methods for the Examination of Water and Wastewater (1960) のPlate Count Agar (Tryptone Glucose Yeast Agar)と同一組成です。また, USP XVIやAOAC 1965のTryptone Glucose Yeast Agarと同じです。

(日水製薬・小高 秀正)


【質問者からのお礼】
 詳細な御回答, ありがとうございました。改良が重ねられた分, 種類があるのですね。教えていただいた文献など読んでみます。どうもありがとうございました。


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