09/11/30
■ 赤痢菌は何故, ドリガルスキー培地を青色にする
【質問】
 こんにちは。大学で大腸菌と赤痢菌をドリガルスキー培地に画線塗抹しました。

 赤痢菌のコロニーは乳糖非分解菌なので培地が黄色に変化しないことは理解できるのですが, “なぜ青色に変化するのか”が分かりません。乳糖を分解しないのに, なぜ赤痢菌のコロニーとその周辺は青色に変化するのでしょうか??教えていただきませんか。よろしくお願いします。

【回答】
 なぜ, 大腸菌はドリガルスキー培地を黄変させるのでしょう。乳糖を分解するからです。そんなこと判っていますと言われると思いますが, ではなぜ, 大腸菌は乳糖を分解するのでしょう??? この質問に対して直ぐに答えられますか???

 大腸菌は生命活動を継続する為に分解するのです。乳糖をどのように分解するかと言えば, 6単糖のグルコースと6単糖のガラクトースに分解するのです。そうです。β1,4ガラクトシダーゼによって, 2糖類の乳糖を単糖類にまで分解するのです。これだけでは何の意味もありません。分解した単糖類のグルコースをEMP経路 (いわゆる解糖系ですね) を経て1分子のグルコースから2分子のピルビン酸を作ります。そして, TCAサイクルから電子伝達系を経てATPを作り, そのエネルギーで自らの生命活動を展開していくのです。ピルビン酸ができれば酸性に傾きますし, またTCAサイクルの中でもいろいろな有機酸が出来ます。そのためにpHが低下してBTBを黄変させているのです。

 では, 乳糖非分解の赤痢菌は乳糖を利用できませんから, ドリガルスキー培地のどの成分からATPを合成していくのでしょうか。利用できる糖がないのですから, 乳糖以外の成分, そうです「ペプトン」を利用しているのです。「ペプトン」をアミノ酸にまで分解して, そのアミノ酸を活用しているのです。どのように活用するのでしょう。主たる分解様式は「酸化的脱アミノ反応」です。アミノ酸は「酸化的脱アミノ反応」によってそのアミノ酸に対応する「αケト酸」と「アンモニア」を生成します。

 例えば, グルタミン酸がグルタミン酸デヒドロゲナーゼによって酸化的脱アミノ化を受けると「α-ケトグルタル酸」とアルカリ性の「アンモニア」が出来ます。「α-ケトグルタル酸」は、そのままTCAサイクルへ入り, 電子伝達系を経てATPを合成していくことになりますが, 生成されたアンモニアにより周辺のpHを上昇させ, その結果, BTBをより青くするのです。グルタミン酸に限らず, どんなアミノ酸も酸化的脱アミノ反応によってアルカリ性のアンモニアを生じます。つまり, 培地周辺のpHを上昇させます。脱アミノ反応以外でもエネルギーを得る為にいろいろな形でペプトンが活用されます。ペプトンが酸化的脱アミノ反応以外のどんな脱アミノ反応 (還元的/水解的/不飽和的脱アミノ反応) を受けても, またどんな代謝 (脱炭酸ならアルカリ性のアミンが生成されます) をしてもアルカリ性物質が生成されます。これら以外にも, 乳糖非分解菌はいろいろな方法で脂肪酸などのアミノ酸以外の物質で利用可能な物質を菌固有の優先順位で分解してエネルギーを得ていきます。実に巧妙な機構があるのです。そうです, 菌には分解し易い物質が菌によって, つまり菌固有の優先順位もあるのです。例えば, Stenotrophomoas maltophilia (マルトフィリア菌) は, グルコースとマルトースがあると, 直ぐにも利用可能と考えられるグルコースをさておき, なぜか最初にマルトースの分解に取りかかるのです。2糖類のマルトースをグルコース2分子に分解して, そのグルコースを利用するのです。そんなところから種名の“マルトフィリア”が由来しているのです。余分なことまで記してしまったかも知れませんが, お判りいただけたでしょうか???

 糖の分解一つとっても奥深いものがあります。疑問点をそのままにせずに, ひとつひとつ解決しながら学んでいって下さい。

(信州大学・川上 由行)
【質問者からのお礼】
 とっても詳しい回答, どうもありがとうございます。大変よく理解できました。解糖系など, 他の科目で習っていたことがこんなところにまで繋がっているのだと驚きました。微生物学がもっと楽しめそうです。本当にありがとうございました。

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