08/09/22
■ 耐性菌の遺伝子検査
【質問】
 ICUで隣同士だった患者A・BからMDRP (多剤耐性緑膿菌) が検出されました。Aは吸引痰, Bはカテ尿でした。すぐに遺伝子検査 (PFGE) を外注依頼した結果, “別の遺伝子である”という結果でした。しかし国立感染症センター荒川先生のMDRPスライドを見ると, “MDRPはプラスミド伝達であるため, PFGEで菌株間のバンドパターンに大きな差が見られても, 相互に関係がない株とは断言できない”とあります。MDRPで遺伝子検査を行う場合, プラスミドの詳しい解析も行ってもらえば, 相互関係は確認できるのでしょうか。“別の遺伝子”という結果が返って来たために, “院内感染ではなかった, よかったよかった”で終わってしまうのは, 感染対策上とてもまずい気がしています。

 またMDRP以外にも遺伝子検査結果に注意する菌はありますか。メタロβラクタマーゼ産生S. maltophiliaも散見していて, 対応に苦慮しています。

【回答】
 早速にお答えします。まずは, 「院内感染」という用語の曖昧さです。質問の「院内感染 (hospital-acquired infection)」は, 医療従事者が介在したか, 医療器具器材が介在したか等は別として, 患者相互間における交差感染 (cross-infection) を指していると考えられます。PFGEで菌株間の異なる泳動パターンが認められたとすれば, 患者A・B由来の菌株は遺伝学的に異なる菌株であると言えます。でも, 調べられたように, MDRPはプラスミドによる耐性形質の伝達が知られています。ですから, 明らかに異なる菌株であっても, 相互に無関係とは断定できません。でも, MDRPの形質発現には, プラスミドの保持に起因する不活化酵素産生以外にも, 種々の耐性機構が知られています。例えば, カルバペネム系の耐性を例にしても, プラスミドの獲得によりメタロβラクタマーゼを産生することが耐性の本質の場合もあれば, 別の機序として外膜構造のポーリンの減少に起因するカルバペネム耐性も知られています。また, プラスミド保持に起因するメタロβラクタマーゼにもいくつもの遺伝子型が知られています。質問の菌株に限らず, ほとんどの細菌にはいくつものプラスミドが保持されているのが一般的です。と言うことからも, 菌株の相同を決定することは単純ではないのです。プラスミドの解析で云々は極めて困難で, 臨床の現場に実施するには現実的なアプローチではないと思います。

 MDRPが検出されたという事実そのものが重大で, 他への感染拡大の可能性を秘めているのですから, 適切な対策を講じなければならない点は何ら変わりありません。また, 患者A・B間での交差感染がなくても, 患者C(別の病棟の入院患者)から患者Aへの伝播(交差感染), また患者D(これも別の病棟の入院患者)から患者Bへの伝播(これも交差感染)だって考えられます。病院という環境ですから, いろいろな可能性が考えられます。ですから, この試験した2株が異なる菌株であることがすべての点から明らかになったとしても, 病院環境での交差感染は否定できません。いずれにしても, MDRPが分離されたという事実は重大で, 適切な対応が求められるということには変わりません。決して「よかった, よかった」にはなりません。

 また, どんな菌株であっても, PFGEの成績から相互に異なる菌株であることが判明しても, プラスミドで伝播する耐性形質を考慮すれば, MDRP であっても, ESBLであっても, 決して「よかった, よかった」にはなりません。ESBLを支配するプラスミドは, 菌種の違いを越えての伝播も確認されていますし, 異なる菌株どころか, 菌種名レベルで異なってもプラスミドの伝播による可能性は否定できないのです。なお, S. maltophilia は, 染色体性にメタロβラクタマーゼ産生遺伝子を元来保持していますが, これにさらにプラスミド性のメタロβラクタマーゼ産生遺伝子が伝播すると確かに大変です。交差感染を完全に否定できる場合や, 完璧な交差感染と断定できる場合以外に, 交差感染の可能性が必ずしも否定できない場合はたくさんあるのだと思います。伝播の可能性がある場合には, 常に適切な予防対策を講じる必要があると思います。

(信州大学・川上 由行)
【質問者からのお礼】
 わかりやすいご回答ありがとうございました。すっきりしたと同時に, 感染対策の難しさをますます実感しました。

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