07/08/28
■ 海洋由来の細菌の同定
【質問】
 はじめまして。私は●●大学農学部3年の■■というものです。今回メールを送らせていただいたのは細菌の同定に関してわからないことがあり, よろしければ助言をいただけないかと思ったからです。お忙しい中とは思いますがよろしければ回答をいただけますと幸いです。

 微生物 (海洋細菌) の属までの同定を目的とした実験をしたのですが, 同定をした菌がどの属に当てはまるのかがわからずに困っています。

菌の特徴
・短桿菌, グラム陰性菌, 運動性あり, カタラーゼテスト(+), オキシターゼテスト(−), OFテスト (F), GC含量40.7%, 好塩性あり
・魚から単離
・β-N アセチルグルコサミターゼを産生
・PY平板培地で培養2日あたりからコロニーが粘性を持ちました。
・PY液体培地では生育が遅く, 植菌後2日目から生育しました。
・トリプトソーヤ液体培地では, 植菌後1日目からでも生育しました。
・菌が生育した後の液体培地は粘性を持っていました。

 おそらくVibrioではないかと思うのですが, 同定表で確認するとPasteurellaの可能性もあります。Pasteurella に関しては, 動物によく見られているようなので違うかなとも思いますが, 魚のブリにも病気として見られるようでよくわかりません。

 また, 培養後に見られる粘性の物質についてもどんなものなのか知りたいです。粘性物質に関して・・β-N アセチルグルコサミターゼ活性を調べるときに水酸化ナトリウムを加える前から, パラニトロフェニールは黄色に呈色していたので, この物質はアルカリ性なのではないかと思います。

 何かこのような菌の同定, 特徴に関し, 良い本などありましたら教えてください。下らぬ質問かもしれませんが, ご助言の程, よろしくお願いいたします。

【回答】
 大変難しい質問です。自然界, 特に海洋には実に様々な細菌が生息し, その中で性状が詳しく研究されている菌種は人に感染症を惹き起こす菌や魚病に関与する一部の菌です。質問の菌株は魚から分離されたものとのことですが, グラム陰性のブドウ糖発酵菌 (OFテストF) でGC含量 (40.7%) や好塩性といった性状から考えると, 質問者の言うとおりVibrio属が最も近いと考えられますが, Vibrio属は多くの場合オキシダーゼ陽性です。オキシダーゼ陰性のビブリオとしては, 臨床微生物学的にはVibrio metschnikoviiが知られていますが, この菌種は好塩性ではありません。Vibrio属を疑うのであれば, TCBS寒天培地やビフリオ寒天培地といったVibrio属用の選択培地を使用することを勧めます。質問にあるPasteurella属はこれらの選択培地に発育しないはずです。いずれにしても質問内容からだけでは明確な回答は難しいと思います。近年は分子生物学的な同定法が進歩し, ほとんどの細菌の塩基配列が明らかになってきています。被検菌の塩基配列を調べ, 系統樹解析などの手法を用いることにより詳しい同定が可能です。可能であれば分子生物学的な同定成績と質問者が調べた菌株の性状とを照合し, 独自のデータベースを構築していくことも大切ではないかと思います。

 “培養後に見られる粘性の物質”についての質問ですが, 粘性の物質を産生する菌は自然界に広く認められ, 例えば川底の石の“ぬるぬる”は細菌の産生する菌体外多糖 (グリコカリックス: glycocalix) で構成されたバイオフィルムであると言われています。ムコイド型集落を形成する緑膿菌や虫歯の原因となるミュータンス菌は, このグリコカリックスによって組織や歯牙表面に付着し増殖するとされています。また菌種によって違いはあるかもしれませんが, この粘性物質の主成分はアルギン酸 (alginate) と呼ばれる粘性の強いムコ多糖であるとも言われています。

(公立玉名中央病院・永田 邦昭)


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