前立腺は男性生殖器のひとつです。クルミほどの大きさで膀胱頚部から尿道を取り囲む位置関係となっています。また、前面に恥骨、後面に直腸があり、肛門から指を入れると直腸の壁越しに前立腺に触れることができます。このため、前立腺がんの検査では直腸診がよく行われます。
前立腺は男性ホルモンの影響を受けて発育し、前立腺液を分泌しています。射精液の20-30%は前立腺液で、精子に栄養と活動性を与えます。生殖機能において大切な役割を担っている臓器です。前立腺自体が男性ホルモンを分泌しているわけではないので、前立腺がなくなっても男性らしさがなくなるということはありません。ただし、前立腺の成長や活動には男性ホルモンが深く影響しており、前立腺がんも男性ホルモンの影響を受けて成長するという性質があります。
前立腺がんは前立腺にできた『がん』です。前立腺がんは他のがんと違った特色があり、進行は一般にゆっくりでホルモン療法が非常に有効です。早期に発見・治療をすれば根治を目指すことも可能ですが、未治療のまま放置すると他のがんと同じように、転移や再発することがあります。がんが前立腺だけにとどまり、他の臓器への転移がなければ、手術や放射線治療などの適切な治療を行うことで、10年生存率80~90%以上が期待できます。
現在、わが国で前立腺がんの患者数は約18万人と推定されます(2011年厚生労働省患者数調査による)。今後、社会の高齢化や生活環境・食生活の欧米化とともにPSA検査の普及により、さらに増えるであろうと予想されています。2015年、男性においての部位別がん罹患率は前立腺が1位となりました(2015年国立がんセンターによる)。
前立腺組織に特有な物質で前立腺がんの腫瘍マーカーとなります。採血のみで可能であり、①検診等のスクリーニング、②ホルモン療法・手術療法の効果判定、③再発の有無の判定に役立ちます。ただし前立腺肥大症、前立腺炎、カテーテル導尿の刺激等でも上昇することがありますので、検診で高値でも必ず専門医の診察を受けてください。
PSA値は4.0ng/ml以下では正常、10.0ng/ml以上では高率にがんが発見されます。4.0-10.0ng/mlではグレーゾーン(gray zone)と呼ばれ、二次検診での確定診断が重要となります。
肛門から指を入れ前立腺を触ってみる検査です。正常の前立腺はクルミ大で弾力性のある臓器ですが、前立腺がんでは石や骨のような硬さで触れます。
同じく肛門から直腸用プローベを挿入し前立腺を超音波断層法で観察する検査です。がんが存在する領域は低エコー領域(黒っぽく映ります)として確認されます。
がんの進行度を見るため行われる検査です。前立腺がんの浸潤、リンパ節転移の有無、他の臓器への転移(肺や肝臓など)が確認されます。
従来、CTと同じく前立腺がんの周囲への浸潤やリンパ節転移の有無を診断するため施行されます。しかし最近ではMRI検査を生検検査前に行い、がんを強く疑う部位に重点的に生検する標的生検(Target Biopsy)が主流となりつつあります。
経直腸的前立腺超音波検査を用いて、前立腺を細い針(生検針)を使って10~12か所、組織採取します。採取した組織は病理学専門医が顕微鏡にて確定診断します。当院では1泊2日で行い、起こりうる合併症は直腸出血・血尿、急性前立腺炎などですが、その可能性は1%程度です。
前立腺がんの骨転移の有無を診断する検査です。99mテクネシウム・リン酸化合物という放射線性物質を静脈注射し、2~3時間後全身の写真を撮ります。転移が疑われる骨にはその物質が集まり、写真上黒く映ります。
病状の進行具合を臨床病期といい、ここでは、「前立腺癌取扱い規約 第4版 日本泌尿器科学会・日本病理学会・日本医学放射線学会/編 2010年」の分類を示します。
前立腺がんの治療法には大きく分け、1)監視(待機)療法、2)ホルモン療法、3)手術療法、4)放射線療法に分類されます。
前立腺がんは一般的にゆっくり進行します。そのため前立腺がんの中でも悪性度が低く進行が遅い初期の前立腺がんでは、すぐに治療を始めなくても寿命に影響しないとされています。積極的な治療をすぐに始めないで、PSAの推移を見ながら、治療が必要になるまで監視(待機)するのがこの方法です。
前立腺がんの成長には男性ホルモンが関与しています。男性ホルモンを注射や飲み薬で抑えようとするのがホルモン療法です。骨やリンパ節に転移している場合でも効果はありますが、長く続けなければなりません。永久に効果がある場合もあれば、効果がなくなり(ホルモン抵抗性といいます)増悪してくることがあります(これを再燃といいます)。ホルモン療法のみの治療では、この再燃が一番の問題点となります。
手術にて前立腺、精嚢、所属リンパ節を摘出し膀胱と尿道を吻合する手術です。術前の検査にて転移がなく前立腺に限局している場合が適応になります。摘出した前立腺は病理医が顕微鏡にて最終診断します。これによりがんの有無だけでなく、リンパ節転移や精嚢浸潤・被膜外浸潤の判断が可能です(約2週後)。前立腺外への浸潤があった場合は放射線療法やホルモン療法を追加する場合もあります。他の治療法に比べ手術療法は侵襲が強いなどの問題点はあるものの、『がん』を取り除くことができること、結果に応じてより有効な追加治療が可能になるという利点があります。
高エネルギーの放射線を使用してがん細胞を死滅させる治療です。照射方法により、外照射と内照射があり当院では前者を強度変調放射線治療、後者を密封小線源永久挿入治療で行っています。適応症例では手術療法と比べ同等の治療効果であり、尿失禁や勃起不全が起こりにくいとされています。ただし、前立腺は体内に残存しており、治療効果を確認するには長期間通院し腫瘍マーカー(PSA)で経過を見る必要があります。
前立腺がんは男性ホルモン(アンドロゲンやテストステロンといいます)依存性であり、内分泌学的にアンドロゲンを除去したりブロックしたりすることで治療につながります。アンドロゲンは視床下部から分泌されるLH-RH、下垂体から分泌されるLHにより調節され精巣から全アンドロゲンの95%が分泌されます。CRH、ACTH経由で副腎から分泌されるアンドロゲンもあります。
LH-RHアナログはLH-RHの類似構造をもち強力なLH-RH作用があるため一過性に性腺刺激作用が現れ、アンドロゲンが急激に上昇しますが持続投与により下垂体細胞のLH-RHの受容体は消失し、結果的にLHの分泌は抑制され精巣の萎縮、アンドロゲンの分泌を減少させます(これをダウン・レギュレーションといいます)。酢酸ゴセレリン(ゾラデックス®)、酢酸リュープロレリン(リュープリン®)などがこれにあたり1または3か月に1回の皮下注射で行われます。
LH-RHアンタゴニストはLH-RH受容体と拮抗することでLHの分泌を抑制する薬剤です。LH-RHアナログと異なる点は、一過性にアンドロゲンが上昇する現象(フレア・アップといいます)が生じず、速やかにLHを抑制することが可能な新世代の薬剤です。デガレリクス酢酸塩(ゴナックス®)がこれにあたり、1か月に1回の皮下注射が必要です。
アンドロゲン受容体と拮抗する薬剤でがん病巣を退縮させる作用があります。ビカルタミド(カソデックス®)・フルタミド(オダイン®)等がこれにあたり、内服薬です。
前立腺がんにはホルモン療法が有効であるということで、一般的にcombined androgen blockade (CAB)療法が用いられています。CAB療法とは上記のLH-RHアナログあるいはアンタゴニストと抗アンドロゲン薬を組み合わせ使用する方法です。しかし、もともと進行している症例や悪性度の高い症例では、このホルモン治療に抵抗性を獲得してしまい、いわゆる去勢抵抗性前立腺癌(castration resistant prostate cancer: CRPC)となる可能性があります。
2004年に抗癌剤であるドセタキセル(タキソテール®)のCRPCへの有効性が示唆されております。
投与方法は3週に1回の点滴投与ですが、患者さまの病状副作用にあわせ投与間隔を延長したり投与量を減量したりしています。起こりうる合併症はとしては好中球減少、全身倦怠感がみられます。患者さんの病状によりですが、治療効果は良好で当科でも38例の経験があります。治療効果はPSA値を参考とするのですが、投与開始前と比較し,50%以上低下群,50%未満低下群,低下なし群に分類すると,15例(40.5%),9例(24.3%),13例(35.1%)で60%以上の方に効果が見られました。
ドセタキセルと同じ系列のタキサン系抗がん剤ですが、2014年に保険適応となりました。当科で5例使用経験があります(2016年8月現在)
2014年には新しく、エンザルタミド(イクスタンジ®)、アビラテロン(ザイティガ®)の新世代のホルモン薬が保険適応となりCRPC治療に関しては目覚ましい年となりました。当科でもエンザルタミドに関しては28例、アビラテロンに関しては7例の使用経験があります(2016年9月現在)。
術前画像診断にて前立腺内にがんが限局しており骨やリンパ節に転移を生じていない状態を『限局性前立腺がん』といいます。限局性前立腺がんの場合、手術療法が適応します。前立腺を完全に摘出することでがんの根治を目指す『根治的前立腺摘除術』に関して説明します。
手術方法により開腹(開放)手術、腹腔(体腔)鏡下手術、ロボット支援下手術に分類されます。
下腹部に正中に10cmの皮膚切開を行い、前立腺を摘出する方法で、最も古くから行われている術式です。
腹部に5~6か所に穴をあけ、カメラを体内に挿入しモニターで観察した状態で前立腺を摘出します。開腹手術と比べ傷は小さいため、回復が早く早期に退院可能という利点があります。ただし、高度な技術が必要であり、手術時間は若干、長くなる可能性があります。腹腔鏡特有の皮下気腫、空気塞栓などの合併症も発症することがあります。
手術手技は基本的に腹腔鏡下手術と同じですが、ロボットアームの繊細な動きが加わり、確実な視野の確保が可能となります。そのため腹腔鏡手術よりも確実な吻合が可能となり、術後尿失禁発症率、勃起不全発症率はさらに低下する可能性があります。
金沢医科大学病院では最先端技術である手術支援ロボット『ダヴィンチXi®』を2015年5月から導入しております。このダヴィンチの大きな利点は、術者が内視鏡の3Dカメラで映し出された立体画像を見ながら手術ができる点(しかもデジタルズーム機能で40倍まで拡大が可能)、ロボットアームが人の指以上に器用であり繊細な手術操作が可能になった点と考えられます。これにより、従来の手術よりさらに正確な手術が可能になり、将来的には患者さんの体の負担を改善し、生活の質の向上が期待できます。
主に全身麻酔にて行いますが、背骨からの麻酔(硬膜外麻酔といいます)を併用する場合があります(最終判断は麻酔科の先生に判断していただきます)。
25-30度の頭を下げた状態(頭低位といいます)で手術を開始します。お腹に6か所、1~2.5cmの傷(ポート)からトロカーを留置します(体外から体腔内までのバイパスの役目をする筒状のものをトロカーと呼びます)。トロカーの準備ができた段階でロボットとドッキングします。
二酸化炭素を注入して腹部を膨らませ、トロカーから内視鏡を挿入し前立腺が見えるようにします。他のトロカーから、器具を挿入し前立腺および精嚢を摘出します。摘出された前立腺はポートから体外に取り出しますが前立腺が大きい場合はポートの径を大きくする場合があります。膀胱および尿道を吻合します。
当院では術後7日で尿道膀胱造影を行い、吻合部の漏れがなければカテーテル抜去します。吻合部から尿漏れが生じたり吻合が不完全な場合は留置を延長する場合もあります。
当院では術後7日で尿道膀胱造影を行い、吻合部の漏れがなければカテーテル抜去します。吻合部から尿漏れが生じたり吻合が不完全な場合は留置を延長する場合もあります。
前立腺は血流に富む臓器であり、出血する場合も想定されます。出血時を使用する場合もあります。術後に出血が止まらない場合は、開腹し止血術を行う場合があります。
手術中や術直後は血栓(血のかたまり)が生じやすい状態であり、これを深部静脈血栓症といいます。またこの血栓が流れて肺の血管を閉塞するのが肺梗塞です。これらの予防のため下肢に弾性ストッキングを着用していただき手術後早期に、歩行していただきます。
創部の感染、肺炎、尿路感染症などが生じる可能性がありますが、抗菌薬にて対処可能です。また、開腹手術に比べ創部感染は起こりにくいとされています。
前立腺摘出の際に直腸との癒着が強い場合または境界不明瞭な場合に、直腸に穴が開いてしまうことがあります。最終的に消化器外科専門医の判断が必要となりますが、直腸損傷部を修復することが必要です。多くの場合でこれにて改善しますが、人工肛門造設術や絶飲・絶食が必要となることもあります。
開腹手術に比べロボット支援手術では少ない合併症ですが、0%とは言い切れません。術後1週間後の尿道膀胱造影で吻合が不完全ならば尿道カテーテル留置を継続します。
腹腔鏡下やロボット支援手術特有の合併症で、二酸化炭素が皮下にたまり違和感や不快感を感じることがありますが、数日で改善します。
特有な体位の影響で下肢の筋肉内の圧力が高まり、その部位の血管が圧迫されて循環不全が生じ筋肉や神経の機能障害が生じる病態です。非常に稀ではありますが、重症な場合は筋膜切開が必要な場合があります。
手術自体は安全性も高まってきていますが重篤な経過をたどる可能性や死亡の可能性もあります。
術後順調に排尿できていたにもかかわらず、長い経過で尿道が狭窄し排尿の勢いが弱くなる場合をいいます。狭窄部の拡張や切開を行う手術で改善します。
股の付け根の部位(鼡径部といいます)にヘルニア(いわゆる脱腸)が起こる場合があります。場合によっては修復術が必要になります。
前立腺全摘除術、尿道カテーテル抜去後の尿失禁は必発とされています。ほとんどの場合は徐々に回復しますので術後はパットを使用していただき経過観察します。失禁が持続する患者さんには薬物療法を行い、膀胱に尿が貯められず常時尿が漏れる状態(完全尿失禁といいます)の患者さんには尿道周囲にコラーゲンなどを注入し治療します。
前立腺の左右背面には勃起神経が通っています。この神経の切断により勃起障害が生じます。がんの部位・大きさ・浸潤度により神経を残す方法、いわゆる『神経温存手術』が可能です。ただし、この手術は前立腺のギリギリのところで切断するため、がん細胞が残存する場合があり注意が必要です。一般的には片側温存で30%、両側温存で70%の勃起機能の温存が可能といわれています。
前立腺の放射線療法は外部から放射線を照射する外照射療法と、内部から放射線物質を埋め込むような内照射療法があります。それぞれ、当科では強度変調放射線治療(intensity-modulated radiotherapy: IMRT)、および密封小線源永久挿入療法(ブラキセラピー)で行っております。
転移がない前立腺がんの場合、放射線外照射治療も標準的治療のひとつです。前立腺に放射線を照射し、がんを治療します。治療効果も手術とほぼ同等であり、なおかつ体の負担が比較的軽いため、高齢の方でも治療が行えます。治療は約1か月半かかりますが、入院せず外来通院でも可能です。合併症としては放射線による膀胱炎、直腸炎があります。当院での照射方法はIMRTで行っており、年間約15件施行しております。
前立腺の中に放射線を放つ物質(ヨード125)を入れた小さな金属のカプセル(シード:図)を前立腺の中に60~100個を埋め込んで、前立腺の中を放射線で満たす方法です。下半身麻酔をかけた状態で超音波画像を見ながら針を用いて前立腺内にシードを埋め込みます。当院での入院期間は3泊4日です。当院では2007年3月より本治療を導入し、現在まで265例施行しておりますが、再発例は2例のみです。合併症としては軽度の排尿障害がみられますが、手術から9か月後で改善するデータが得られています。また、当科では5年以上経過した140例の患者さんに関しても経過観察しておりますが、日常生活にまったく支障は認めていません。
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図)シードの実際のサイズ | 図)挿入後のレントゲン検査 |